千里ニュータウン

 父は戦時中、大阪の市内から大阪平野の北部にある箕面まで野外軍事教練で歩いたそうです。当時、阪急千里山線の終着駅だった千里山を過ぎると、北摂の山まで竹林と雑木林の間にわずかばかりの田んぼと畑があっただけだといいます。


 吹田市と豊中市に跨る広大な竹林と雑木林を切り開いて街を作ろうという計画ができたのは、もはや戦後ではない、という言葉が流行した頃でした。
 大阪で働く人たちのベッドタウンとして、ベビーブーマーたちの新たな住居として計画はただちに実行に移されました。

 竹林と雑木林には、容赦なくブルドーザーが入って木々をなぎ倒していきました。土を固め、測量をし、コンクリートが打たれ、近代化の象徴ニュータウンは建設されていきました。
 かつてなかったニュータウンの開発には、当時のあらゆる理想がこめられていたようです。
 全体は小学校区を中心に12の地区に分け、近隣センターとよばれる商業地域と複数の診療所からなる医療地域がおかれました。

 開発に合わせて阪急電車は、千里山から北千里へと距離を伸ばしました。
 ゆったりした車道に沿って作られた歩道には将来の街路樹を想定した若い苗が等間隔に植えられました。

 新しい街には、若い夫婦が続々と入居していきました。
 かつて父が軍事教練として歩いた道は、活気のある街へと変貌していきました。(続く)

※wikipedia参照

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by h_with_the_wind | 2009-11-08 23:59 | 社会科


今日はどんな風が吹くのだろう。 日々の思いを書き留める雑文帳。


by 風懐

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