喪主

 12月に入いるのを待って、喪中の葉書を出しました。
 郵便局の窓口に大量の葉書を預けることで、ようやく私なりのけじめをつけることができました。同時に、これまで支えられてきたブログに向き合うことさえ億劫になっています。


 喪主を務めてから10か月がたちました。
 2008年、夏の陽射が勢いを失っていく季節、義父母と両親が相次いで入退院を繰り返し始めました。4つの異なる病院をはしごした日もありました。

 年が明けて、一番愛した梅の花に送られるようにして母が私の手の届かない所に逝ってしまいました。薄情な娘ですが、泣くこともできずに今日に至っています。諸手続と法事、重責がいつも優先して私には泣く時間もありませんでした。

 諸事情から親族のみの家族葬を選択しました。
 葬儀の日、本来ならば喪主を務めるはずの父はまだ体調が充分ではなく、大役が私にまわってきました。その日は、長女がようやく見つけた第一志望の大学の受験日でした。朝、受験会場に向かう長女をどんな風に送ったのか記憶も曖昧です。
 長患いの間に少しずつ身体の自由がきかなくなっていったことも、葬儀が長女の受験日だったことも、私が泣かないようにと母が仕組んだことだと思うことにしています。


 運がいいのか悪いのか、昨秋、私は仕事を得ました。結果から思い返して、外で働くことは私の気持ちを助けてくれました。
 そして、ブログは、私にとって一服の清涼剤となりました。
 昨年末、食べ物を受け付けなくなった母のために京都の鍵善へ「菊寿唐」を買いに走りました。母と歩いた京都の街の写真を撮って、病床の母に見せてやることができました。そのうち何枚かの写真をブログに載せています。


 今年はずっと緊張していたように思います。近しい人たちにさえ報告できずにいたことが、ずっと気持の負担になっていました。
 喪中の葉書を投函したことで緊張の糸が一気に緩みました。
 お陰様で父は父なりに落ち着いてきました。このままもうしばらく私ものんびりしていたいと思います。



 皆さまよいお年をお迎えください。年が明けたら再開します。それまでコメント欄も閉じさせていただきます。                                       風  懐
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by h_with_the_wind | 2009-12-26 22:50 | わたし