龍馬伝2 

 NHK大河ドラマ「龍馬伝」。放映の日を心待ちにしていたというのに、私はドラマが始まったことさえ知らずに見逃してしまいました。
 面白かった、今年は見るよ、という感想をあちこちで聞いて、そのたびに今年の失敗一号にへこんでいます。
 それでも再放送を録画して、成人式の日も過ぎてからようやく見ることができました。

 軽快な場面転換、ロケが多いこと、光と影が巧みに使われていること…これまでの大河ドラマとは異質の魅力を感じました。


 土佐藩には、武士の中に上士と下士という階級がありました。第一話は上士と下士の歴然とした違いについて描かれていましたが、なぜ土佐藩には、武士の間に階級があるのかということについては語られませんでした。

 下士の中には郷士(ごうし)も含まれます。
 郷士とは、主に関ヶ原の戦い以前に領主だった長宗我部の遺臣・一領具足(半農半兵)の系譜をひいています。

 一領具足を用いて四国を統一したのは、長宗我部元親でした。
 元親が四国を統一したのも束の間、豊臣秀吉の四国征伐によって前方は太平洋、東西にわずかな海岸線を残して三方を峻険な四国山地に挟まれた孤立した土地土佐に封ぜられます。さらに関ヶ原の戦いでは、西軍についたため戦の勝者徳川に所領を没収されて行きどころを失ってしまいます。
 徳川は、長宗我部の所領を山内一豊に与えました。山内一豊は、死をも恐れないと言われる一領具足が待ち構える土佐へ移ることを渋ったといいます(司馬遼太郎さんの「功名が辻」に詳しく書かれています)。
 山内家は、一領具足の処遇に難渋しますが、自ら率いてきた藩士よりも低い身分・郷士として彼らを取り込みました。

 長州藩の毛利家も関ヶ原の戦いの後、所領を大きく削られ城は交通の要衝瀬戸内から離れた日本海側にある萩に置かれました。以来、毛利家では、「江戸に足を向けて寝る」ことが家風になった、とこれも司馬遼太郎さんの小説で読んだように記憶しています。

 幕末、一領具足を中心とした土佐、徳川に積年の恨みを持ち続けた長州、そして幕藩体制を無視するかのように裏で琉球と交易を続けていた薩摩が討幕の担い手となったのも納得できてしまいます。とはいえ、代々「恨み」が継承され蓄積されて260年続いたのかと思うと、それはそれで怖い話にも思えます。
[PR]
by h_with_the_wind | 2010-01-14 23:59 | 社会科 | Comments(0)