大坂城

 大阪産まれ大阪育ちの私にとって、大阪城はいつも変わらぬ佇まいで揺るぎないことの象徴のような存在です。高度成長期にもバブルが弾けた時も大阪の中心にどんと腰を据えていました。
 飛行機で伊丹空港を目指す時、眼下に大阪城が見えると、帰ってきたことを実感します。

 現在の大阪城天守閣は昭和6年(1931年)に再建された姿で、以来現在まで変わらぬ姿でそこにあります。変わらぬ姿で70年もあり続けたのは、築城から400年の歴史の中で最長の記録だそうです。戦火と自然災害で何度も焼け落ちていますが、そのたびに再建されてきました。

 私が通っていた学校の地下には、秀吉伝説がありました。
 地下室の奥に鉄の柵が降りていて、その柵の扉には頑丈な鍵がしてあるそうです。柵の向こう側には地下通路が延びていて、辿っていけば大阪城に通じている、というものです。
 地下室への階段を降りることさえ禁止されていましたから、柵を見た、という証言だけでヒーローでした。
 先生は、そんなところへは行ってはいけないと言いました。
 大人は、それを第二次世界大戦の時に作られた防空壕だと言います。

 小心者の私は地下室に降りたことさえないけれど、大阪城に通じていればいいのに、と思っていました。
 今でもふと、本当は繋がっているのではないかな、と夢想します。もしかして淀殿がそこから逃れたのなら…と。
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by h_with_the_wind | 2010-04-08 23:59 | 思い出話 | Comments(0)