義務教育

 家庭科の教科書の中には、生活に密着したあらゆることが書かれている、と昨日書きました。私の思考は続きます。

 義務教育で習うことには、生きていく上で最低限必要なことが詰まっています。
 薬の処方箋を読むための国語、おつりをごまかされないための算数、生活の場が違うと生活そのものが変わるということを理解するための社会、自然と付き合うための理科、生活に彩りを添えるための芸術、基礎体力を養うための体育…。

 学校に行かなくても学問はできるではないか、という素朴な疑問もあるでしょう。学問という面においては、中世のヨーロッパや日本のお殿様を例にあげるまでもなく家庭教師がいれば充分かもしれません。
 たださまざまな人との出会いによって友達との付き合い方が学べます。個性と個性がまともにぶつかり合うことから始まって、親友ができます。そして、嫌な奴との付き合いも経験します。

 この年になっても性格的に合わない人がいます。
「小学校にこんな子、いてたなあ。そのまんまかい…」と、心の中で毒づくことがあります。
 だけど、実は成長と共に友達付き合いの上でも経験を踏んで、性格的に合わない人とは自然と付き合わなくなっていたのだと気付きます。
 社会に出てそんな人と一緒に仕事をしなくてはいけなくなっても、そこは大人の態度で説得と妥協をもって接することができるようになっています。

 「なんで勉強せんとあかんの?なんで学校行かなあかんの?」と、抱いた疑問にようやく私なりの答えを見出したように思えます。
 はい、随分遅ればせではありますが…。

道標2
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by h_with_the_wind | 2010-05-07 23:59 | わたし | Comments(0)