フーコーの振り子とロシア正教

 唐突ですが、『フーコーの振り子』の実験を覚えていますか。
 おもりをつけた長い振り子を揺らすことで、地球の自転を証明するという実験です。振り子は、揺れを繰り返すうちに振動の方向が少しずつ回転するようにずれていきます。このずれが、地球が動いていることの証です。


 私が初めてロシアへ行ったのは、ブレジネフが書記長の時代でした。
 サンクト・ペテルブルグの中心地にある聖イサク寺院は、表の柱に独ソ戦の銃痕を残しながらも威容を誇っていました。
 寺院に入ると突然、現地ガイドから『フーコーの振り子』の話を持ち出されて面食らってしまいました。目を凝らすと聖堂の中央に巨大な振り子がぶら下がっています。
 荘厳な佇まいの教会と科学の実験装置の取り合わせが何ともちぐはぐで、強く印象に残っています。


 ロシア正教は、ロマノフ王朝によって庇護されていました。
 革命のうねりがロシア全土を覆った際、赤軍は教会をも攻撃の対象としました。
 革命成立後にはスターリンの大粛清という名の下で宗教弾圧がおこなわれ、各地で教会の破壊が行われました。イサク寺院のように建物の破壊を免れても中身をごっそりと持ちだされた教会も数多くありました。

 今回の旅で、イサク寺院の内部を見学することはできませんでしたが、今では振り子は取り払われて、教会として本来の役割を果たしているそうです。


 「父と子と聖霊の御名において…」の三位一体を表すロシア正教の総本山、トロイツェ・セルギエフ大修道院はスターリン時代の宗教弾圧によって壊滅的打撃を受けました。修道院は1920年から45年まで閉鎖され、ここでも多くの文化財が散逸しました。
 スターリン批判を行ったフルシチョフ書記長の時代から宗教の自由が認められるようになると(といっても信仰を守るためには出世の道は閉ざされ、豊かな生活を望めませんでしたが)細々ですが修道生活は復活していきました。

 ソ連の崩壊後、ロシア正教はロシア人の精神的な拠り所として再び信者を増やしています。
 トロイツェ・セルギエフ大修道院は本格的に復興しました。

d0087062_18553228.jpg

トロイツェ・セルギエフ大修道院にあるトロイツキー聖堂


 トロイツェ・セルギエフ大修道院のクレムリン(城壁)の中には、ウスペンスキー大聖堂、トロイツキー聖堂、スモレンスカヤ教会、聖霊降誕教会などの教会建物のほかにもいくつかの建物があります。
 手入れの行きとどいた広い敷地では、ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟に登場するゾシマ長老や神学校の生徒アリョーシャを思い出させる風貌の修道士や神学校の生徒を見かけました。高校に先生と生徒がいるのと同じように修道院に聖職者がいる、この当たり前の風景が少しばかりの驚きを持って感じられました。

 トロイツキー聖堂では、24時間礼拝が行われていました。信者の邪魔にならないように見学をさせていただきました。次女は、信者の女性を習って、お小遣いで買ったはかりのブラトークで頭を覆っています。
 ミサ曲が響く薄暗い堂内は信者と観光客でいっぱいでした。聖セルギウスの棺に頭を垂れて十字を切る人、接吻をする人。イコンに見入る人。
 教会が持つ荘厳な雰囲気に包まれて私も安らぎを覚えました。

d0087062_18562774.jpg

コローメンスコエにて

^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2011-09-14 19:00 | ロシアの旅 | Comments(2)
Commented by カンナ at 2011-09-14 22:47 x
ガリレオが球体の落下について実験をした(という伝説がある)のも聖堂の斜塔でしたね。
地動説を論じて教会に立てつき、不遇の人生をおくったひと。フーコーの振り子は、パリのパンテオンという聖堂においてそれを証明したものだそうですね。両方が教会に深くつながるものであるということに、西洋の国の歴史にいかに宗教がかかわってきたかを感じました。(読書感想文みたいですね)
Commented by h_with_the_wind at 2011-09-15 06:22
☆カンナさん
科学と宗教は並列するのか対立するのか、小説「ダヴィンチ・コード」のテーマでしたね。
ものごとのすべての中心に宗教があった時代、地球や人類の誕生を覆す科学は脅威だったことでしょう。と、読書感想文にコメントする先生みたい?(笑)