『奇跡』を見に…

 今年の正倉院展には、どうしても行きたいと思いました。
 随分久し振りに行った5年前、あまりの人の多さに「もう行くものか」と決めたというのに……。

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 黄熟香(蘭奢待)。
 仏教では灯明、花、と共に香を薫いて仏を供養しました。
 黄熟香は、香木の一種で火にくべるとよい香りを放ったといいます。近年の科学分析で、東南アジアのラオスからベトナムなどの山岳地帯の香木と似ていることがわかりました。
 残念ながらガラス越しにはその香りの片鱗も伝わりません。ただの棒っ切れ??

 思っていたよりも大きな香木でした。
 足利義政、織田信長、明治天皇が切り取って香りを楽しまれたということで、そこに名前が記されていました。
 政治を疎み、文化にばかり興味を示したあげく応仁の乱を引き起こした足利義政、覇王として周囲を震撼させた織田信長、絶対君主としての地位を確保した明治天皇。
 切り取った部分だけ木肌が明るい色をしています。
 どんな香りがしたのか興味は尽きません。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう







 奈良時代、国・郡・大寺院などに建てられた倉庫を「正倉」と呼びます。長い歴史の中でそれらは失われ、残っているのは東大寺の「正倉」群である『正倉院』だけになってしまいました。以来、正倉院といえば東大寺の宝庫を指すようになったそうです。
 正倉院の管轄は東大寺でしたが、明治時代、宮内省に移り現在の宮内庁に引き継がれています。
 そこには、約9,000件の宝物が収められています。聖武天皇のご遺愛品、東大寺の大仏開眼会に献納された品々、法要で用いられた仏具や楽器などに加えて、ササン朝ペルシア、中国・唐・朝鮮半島の統一新羅などからもたらされた品も含まれています。


 遥か昔、奈良時代から伝わる品。
 遥か遠く、ペルシアからユーラシア大陸を経て海を渡り東の島国に辿り着いた品。

 誰に言われずとも判る「ものすごいこと」を、今もっと昇華した存在『奇跡』と感じるようになっています。

 ひとつは、内乱をくぐり抜けたという事実。
 年輪年代測定調査によると宝庫は、741年から750年の間に建立されたと推定されています。京の都は、応仁の乱、禁門の変で焼き尽くされたといいますから、平安遷都で回避されたともいえるでしょう。
 もちろん奈良でおこった1181年南都焼討、1567年大仏殿消失といった戦火からも奇跡的に免れました。

 もうひとつは、例えば螺鈿の琵琶。もう大陸にはこの時代の完璧な姿の琵琶は残っていないのだそうです。でも、正倉院には綺麗な姿で残っています。



 バーミヤンの大仏が破壊される姿を見ました。
 巨大な津波で流される街を見ました。
 形あるものは壊れる、永遠とは奇跡。
 最近、そんな風に考えるようになりました。
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by h_with_the_wind | 2011-11-06 22:13 | 課外活動 | Comments(4)
Commented by 兵庫ざいぢう at 2011-11-07 20:10 x
今日の夕刊で、
明治時代に周囲に落ちていた粉を試したと書いてありました^^

「香気軽く清らかにして、誠にかすかの香り有り」

「軽く清らか」ってのが、どんな香りか分かりませんけど、
お線香とかみたいにしっかりとした匂いではないのでしょうね。

テレビや新聞で見る限り、
釣り場で見かける流木との区別が…^^ヾ
ってな事を書いたら怒られるのでしょうか(苦笑)
Commented by h_with_the_wind at 2011-11-08 06:52
☆兵庫ざいぢうさん
えっ、ホンマに?

香りを言葉で表現すること、難しいですね。
それだけに想像をかきたてられます。

実物を見ても流木のようでした…、あっ、バチあたる?(笑)
Commented at 2011-11-08 20:25 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by h_with_the_wind at 2011-11-09 06:24
☆鍵コメさん
わざわざのフォローをありがとうございます。