横山さん家(ち) 

 学生時代、夏休みの北海道旅行を計画していて松前と江差のどちらへ行こうかと迷いました。
 国鉄(!)の路線図によると、函館を出発点として松前も江差も同じ線路を進行します。やがて木古内で線路は二手に分かれ、松前線は海岸線に沿って南下し、江差線は内陸へと西に方向転換します。
 両方に行くためには、例えば松前へ行った後、一旦木古内まで戻ってから江差に行かなければなりません。ダイヤの都合で、かなりのハードスケジュールになることがわかりました。

 私たちは、江差を選びました。
 函館駅を出たローカル線は木古内を過ぎると、山の中を分け入って真っ直ぐに日本海に向かって進んでいきます。函館で一緒に乗った人たちは列車が進むにつれてひとりふたりと降りて行くばかりでした。
 今も、開け放たれた窓の外を移りゆく木々の濃い緑と草の香りのする風を妙にリアルに覚えています。

 そうして辿り着いた終点の駅が江差でした。
 江戸時代から明治にかけては北前船の交易と鰊で栄えた豪商が軒を連ねていたという町に喧騒はなく、そこは夏の光が溢れる穏やかな町でした。

 私たちは、予約していたユースホステル江差よこやまへと向かいました。
 回船問屋だったというこのユースホステルは、往時の姿のまま私たちを迎えてくれました。個人のお宅ですが、北海道の文化財指定を受けているという立派な家屋をユースホステルとして利用できることは驚きでした。

 その日の宿泊者は私と友達の他は男子学生が3人の合計5人だけという北海道のユースホステルにしては、小さな規模でした。
 夕食の後片付けを終えてから、家の中を案内していただきました。
 昔の商売や生活の道具が置かれた様子はさながら博物館か民俗資料館のようです。かと思うと、和室には立派な屏風が置かれていて華やかな時代が偲ばれます。
 京都の町屋によく似た造りの間口に対して奥に長く続く家屋の最奥は、かつては海に面していて、北前船から小舟に移し替えた荷物をそのまま家の中に運べるようになっていたといます。これも京都の日本海側にある舟屋を連想させます。

 都会の核家族で育った者には想像できない歴史と生活の存在に圧倒される一方、遠い親戚の家に遊びに来たような懐かしさも感じました。友達とはこのユースホステルのことを、親しみを込めて「横山さん家(ち)」と呼ぶようになりました。

  学生時代にはたくさんの電車に乗って、いくつものユースホステルを利用しました。その中でいつも最初に思い出すのが、この江差よこやまユースホステルです。
 あの時、江差ではなく松前を選んでいたら、私の印象はどうだったかな、と思ったりもします。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう





その後の横山さん家ですが…

 残念ながらユースホステル江差よこやまは、私たちが利用した後間もなく閉じられたそうです。
 思いがけずその名前を聞いたのは、1993年の北海道南西沖地震で被害を受けたというニュースでした。その後どうされたのかと時折思い出していましたが、知る術もなく過ごしていました。
 ブログで横山家のことを書きたいとネット検索してみたら、今はニシンそばで有名なお蕎麦屋さんをされているそうです。検索を重ねていて、来年の5月には江差線が廃線になることもわかりました。
 急に「行っとかな」の気持ちをかき立てられました。もう一度、行けるかな?
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by h_with_the_wind | 2013-06-09 10:34 | 思い出話 | Comments(0)