東京オリンピック1964

 納戸の整理をしていたら、私の両親がとっていた新聞が出てきました。

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 写真に添えられた詩は、谷川俊太郎さん。

     待つ
          谷川俊太郎

     開かれた道路
     ひるがえる旗
     巨大な天井
     夥しい卵に果実
     ゆれる花々
     直立する塔
     深呼吸する人々
     ひろがる空
     待っている
     いま待っている
     昇る頬
     堕ちてくる脚
     突き出される腕
     燃える筋肉
     ふくれる肺
     飛ぶトルソ
     渇く舌
     流れる髪
     それらが語り
     なおも語りつくせぬものを
     私たちは待っている
     或る者は歌いながら
     或る者は苦しみ
     或る者は疑わず
     或る者は貧しいまま
     けれどみな
     何ひとつ私するもののはなく
     待っている
     死すべき生命の
     束の間の輝きのうちに
     あんなにも明らかに現れるものを
     勝利以上のもの
     平和以上のもの
     喜び以上のもの
     決して名づけられぬもの
     その不思議な
     酩酊の日々を


 変色し、折り目のついた「新しくもない」新聞だけど、やっぱり元通りにしまっておきましょう。
 我が家のタイムカプセルに…。
^0^/


遊びに来てくださって、ありがとう







新聞の広告には…

NECの16型カラーテレビが現金正価199,000円、月賦正価209,000円とあります。
ざっくり調べてみると大卒の初任給が20,000円だったそうです。
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by h_with_the_wind | 2013-09-19 20:46 | 思い出話 | Comments(4)
Commented by カンナ at 2013-09-19 23:24 x
谷川さんはこのとき30代前半。もっとも注目されていたころだと思います。
今日誕生日の娘は将来詩人になりたいといいます。
Commented by 風屋 at 2013-09-20 15:49 x
戦後からの復興は日本全国の願いでしたからね。
Commented by h_with_the_wind at 2013-09-20 20:44
☆カンナさん
お嬢さん、お誕生日おめでとう!
7年後、お嬢さんが2020年の東京オリンピックに寄せてどんな詩を書かれるか楽しみですね。
Commented by h_with_the_wind at 2013-09-20 20:49
☆風屋さん
焼野原になった東京に立派な建物が建ち道路が整備されていく様子は、目に見える復興として映ったことでしょう。
次は私の町も…という地方の期待は叶ったのかな。