その前日

 20年前の1月16日。今、40歳の人たちが成人式を行った翌日のことです。
 この日は月曜日でしたが、成人の日の祝日が日曜日と重なったために振替休日でした。
 当時、長女は幼稚園の年中組、次女は生後2ヶ月で、私は娘たち中心の生活を送っていました。

 1995年1月16日、振替休日の午後。
 日頃自由に動けない私に代わって、スーパーへ買い出しに行ってくれた主人と長女が大きな袋をいくつも抱えて帰ってきました。
 袋の中からは、何人家族なの?と思うくらいの量のおでんの材料が出てきて、私は大笑いをしてしました。
 主人と長女で買い物をしているうちに楽しくなったのでしょう。あれもこれもとどんどん増えていったとのことです。

 その夜は、買ってきてもらった材料の半分の量で、いつものとおり我が家で一番大きなお鍋にいっぱいのおでんを作りました。

 夕飯におでんを食べて、お風呂に入り、いつものように長女を寝かせました。
 その後、特に理由はなかったのですが、なぜかいつもよりたくさんの量のお米を洗って、翌朝のいつもの時間にタイマーをセットしました。
 週末に洗った長女の上履きを靴袋に入れて、登園準備を整えました。
 一日の最後の仕事、深夜、次女の授乳を終えたところ、なんだか次女の鼻がグズグズといったような気がしました。長女を幼稚園に送って行くのに連れて行かなければなりません。鼻が通りやすいようにと初めてうつ伏せに寝かせました。

 次に私が目覚めたのは、5時半。次女のグズグズいう声が聞こえたように思ったからです。授乳の準備をしているうちに次女はまた寝入ってしまいました。
 それからしばらくしてーー。


 先日、当時のご近所さんとランチをしたところ、
「あの地震の時、おでんをありがとう」と言われました。
 主人と長女が思い切り買ってきたおでんのおかげで地震の後の数日を乗り越えることができたという記憶はありますが、ご近所さんにお裾分けまでしていたなんてすっかり忘れていました。


 1995年1月17日、朝7時。
 食器棚から飛び出して割れた食器の片付けをあらかた終えた頃、いつも通りにご飯が炊き上がる電子音が鳴りました。
 反射的にお握りを握った記憶が蘇ります。停電しなかったことに感謝し、こんな時にもちゃんとご飯が炊き上がったことがとても嬉しく思えました。

 あの日、偶然にもうつ伏せで寝ていた為、ベッドの揺れに身を任せて眠り続けた次女は、今年成人式を迎えました。
 あの日の夕飯はおでん、今日は湯豆腐でした。あの日と同様、寒さの厳しい一日でした。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

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by H_with_the_wind | 2015-01-16 22:25 | 思い出話 | Comments(0)