法隆寺 

 関西の情報番組で、今年1月から奈良法隆寺の拝観料がそれまでの1.5倍、大人1,500円、小学生750円に値上がりしたとことを取り上げていました。
 拝観料の値上げは、観光客とりわけ修学旅行生の減少が原因のひとつだそうです。

 番組では、どうして法隆寺への観光客が減っているのかということに話が及びました。
 法隆寺は、東大寺の大仏殿を中心にした奈良市内の観光地からも、古代遺跡の残る飛鳥地区からも離れていて交通の便が不自由であることが指摘されました。
 関西を訪れる旅行者の宿泊地には京都や大阪が選ばれやすく、奈良の観光は一日で済ませてしまう傾向にあるため不便な場所にある法隆寺をカットするのではないか、という意見が出ていました。加えて、修学旅行に限っていえば、近年ではこうした歴史文化財よりもテーマパークが好まれるのだそうです。

 異なった視点から、聖徳太子の印象が薄くなりつつあるのでは、という意見がありました。
 法隆寺は、聖徳太子が日本に仏教を取り入れ創建したと伝えられています。私は学校でそう習いましたが、現代教科書では、「厩戸皇子(聖徳太子)」と聖徳太子の名前は括弧つきで記されているのだそうです。聖徳太子虚構説について聞いたことがありますが、すでに教科書に反映しているということは知りませんでした。
 またお札から聖徳太子が消えて身近ではなくなったという意見もありました。一万円札も「諭吉」が定着しています。

 調べてみると一万円札が登場したのは1958年で肖像画は聖徳太子でした。透かしには、法隆寺の夢殿がはいっています。
 1984年に紙幣が変更された時に採用されたのは福澤諭吉でした。その後、2004年にもデザインの変更が行われましたが、肖像画は引き続き福澤諭吉で現在に至っています。すでに「諭吉」の時代の方が長いことを知って驚きました。


 テレビの話を聞いていると法隆寺に行ってみたくなりました。
 私自身、最後にいつ行ったのかも思い出せませんが、一万円札が聖徳太子の時代だったことは間違いありません。
 
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

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by H_with_the_wind | 2015-02-04 17:12 | 社会科 | Comments(0)