ルーマニア

 大崎善生さんの「ドナウよ、静かに流れよ」を読みました。心にズキンと突き刺さるような本でした。フィクションだったらいくらか救われたかもしれません。まだ私の中で消化しきれていないので、読後感は先に譲ります。
 今日は本書にとっては枝葉の部分、ルーマニアについての感想を記しておきたいと思います。

 長女が生まれた1989年の年も押し迫った頃、ルーマニアでチャウシェスク大統領が6万人の大虐殺と10億ドルの不正蓄財の罪で妻と共に公開処刑された映像がテレビニュースで流れました。その衝撃の映像は今でも目に焼き付いています。

 チャウシェスク氏は、1965年にルーマニア共産党書記長、67年国家評議会議長、74年大統領制が導入されて初代大統領となりました。ルーマニアは、東欧の中でもソ連の反抗児と言われていました。ソ連とは距離を置いて、西欧に近い独自の路線を歩み、68年のチェコ事件でも軍を介入させず、ロサンゼルとオリンピックにも参加しています。西側にとっては優等生だったことになります。

 チャウシェスク大統領が処刑されたのには、社会主義全体が崩壊するという抗うことのできない時代の流れを感じます。世界中が彼を独裁者と信じ、ルーマニアの人々がその圧政から救われたのだと喝采を送りました。が、現在では、大量虐殺や不正蓄財の証拠が出てきていないことから彼を取り巻く官僚が仕組んだことで、チャウシェスク氏には何も報告されていなかったのではないか、とも言われているそうです。

 大統領の処刑から13年後の2002年春、「ドナウよ、静かに流れよ」の著者は取材でルーマニアへ行きます。この時、予定外の駅アルバユリアで降りる事になってしまいます。
 アルバユリアの駅には、「野良犬が住みつき、駅舎の床には、老人や浮浪者や腕を失ったような人たちが筵を敷いてごろごろしている」、「老人も女も子供も物乞いをする」、と書かれています。著者と同行の通訳が身の危険を感じるような光景だったようです。

 チャウシェスク大統領が処刑されて社会主義体制が崩壊した後、充分に食べさせることができなかった子供たちは、家を飛び出し、あるいは捨てられて街頭で生活するストリートチルドレンとならざるをえませんでした。エイズを初めとする伝染病に侵され、ある者は犯罪に走るようになりました。
 生活水準はチャウシェスク政権時代よりも悪化している、チャウシェスク時代が懐かしい、というのがルーマニアの人の本音だったようです。

 「ドナウよ、静かに流れよ」の著者がルーマニアで恐怖の体験をしてから更に4年が経ちました。ルーマニアの経済は安定して、治安は良くなっているのでしょうか。子供たちが安心して生活できる環境は整ったのでしょうか。
   (参考 Wikipediaより チャウシェスク、ストリートチルドレン)
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by h_with_the_wind | 2006-11-18 23:59 | 社会科 | Comments(0)