兵馬俑展2

 目前に、秦の始皇帝のために作られた等身大の俑があります。想像以上に写実的で繊細です。遠くを見るような瞳には何が写っていたのでしょう。

 将軍、御手、兵士、文官、楽士、力士と様々な身分、職業の人たちがいます。朝鮮系、モンゴル系、中国系。顔立ちの違いから民族が読み取れます。身長や体格も違います。
 ひとつの俑にひとりのモデルがいたのではないか、という説まであるそうですが、素直に頷けます。
 俑は、人だけではありません。牛、豚、犬といった家畜や鳥類もいます。

 古代中国では、秦は中原の諸侯から野蛮な新出国とみなされていましたが、名君穆公の登場でようやく天下に認められるようになりました。穆公が亡くなると177名もの賢臣名臣が殉死しました。国の舵をとる人材を一度に失ったことで、秦の国力は衰えてしまいます。この後、国力の衰退を防ぐため殉死禁止令が出ましたが、王が亡くなるたびに殉死者が後をたちません。こうした殉死者を出さない為に俑を作り埋葬するようになりました。

 「始皇帝と彩色兵馬俑展」では、秦の始皇帝陵墓から出土した兵馬俑と一緒に、漢の高祖劉邦が葬られた長陵から出土した漢兵馬俑が展示されていました。こちらの俑は、高さ50cmほどで始皇帝の兵馬俑の3分の1ほどの大きさです。比較すると、顔立ちや形状は随分簡略化されていますが、彩色の痕跡がより強く残っています。

 秦の時代の風習が漢に受け継がれ、やがて何百年も後の日本の古墳時代に埴輪として登場します。
 今、時代も地域も離れた遺物の両方を目にすることのできる不思議に嬉しくなってしまいました。

 明日もまた続けます。
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by h_with_the_wind | 2006-11-29 23:59 | 社会科 | Comments(0)