きょうだい

 読売新聞で阪神・淡路大震災の特集が始まりました。
 特集では、阪神・淡路大震災で妹を亡くされた神戸にお住まいのいつかさんと、「9・11」テロでお兄さんを亡くされたアメリカにお住まいのキャロルさんの往復書簡が10日から3日間連続で掲載されました。

 キャロルさんは、きょうだいがしばしば追悼の機会や行事から除外されることを訴えています。お兄さんの奥さん、つまり義姉には連絡があってもきょうだいに知らされることがない、というのです。
 「きょうだいを失うことは、自分自身の一部を失うことです。時間を共有し、思い出を共有し、両親を共有し、遺伝子を共有する存在がなくなってしまうことです。今でも心の一部がかけているようです(読売新聞朝刊1月10日付け)」と、キャロルさんはいつかさんに吐露します。

 私には、きょうだいがいません。両親の唯一の子供として産まれ、成長してきました。
 きょうだい関係については、周りのケースから想像を巡らせて理解することはできても、実感することはありません。結婚して、きょうだいと呼べる人はできましたが、やはりキャロルさんの言う、時間、思い出、両親、遺伝子を共有する、という定義においては、ほど遠いものです。

 一方で、新年早々、兄妹間の事件が大きく報道されています。この事件に関しては、いくら想像力を働かせても理解不能です。
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by h_with_the_wind | 2007-01-12 23:59 | 社会科 | Comments(0)