高瀬川

 友達と京都で会いました。お互いの近況報告をした後、三条から四条まで木屋町通を高瀬川に沿って歩きました。
 高瀬川の桜の見事なこと、今この時とばかり誇らしげに咲いています。

 この辺りは、幕末・維新のころに様々な事変の舞台となりました。
 長州藩の「火吹き達磨」と呼ばれて異彩を放った大村益次郎が刺客に襲われた地には、石碑が建っています。歴史のある町には必ず、血の跡があります。

 そして、これは最早私のクセなのかもしれませんが、私たちが知る歴史上の人物が同じ道を往来したのかと思うと、不思議な気持ちになります。
 着ている服も思想も、言葉遣いも違う教科書で習った人が、実際にこの道を歩いていました。江戸時代には、このあたりに薩摩藩や土佐藩の藩邸がありました。
 ずっと町の中心だったこの界隈を、途切れることなく誰かが通っています。

 高瀬川の桜がいつからここにあるのか、私にはわかりません。
 でも、桜が散り、また咲き…何度となく繰り返された歴史をさらに重ねていくことでしょう。
 これから娘が、孫がこの同じ道を通るのかと思うと、ふと虚無の世界に入り込んでしまいます。
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by h_with_the_wind | 2007-04-11 23:59 | 課外活動 | Comments(0)