バベル

 楽しみにしていた映画「バベル」を見に行きました。

 神よ、これが天罰か。
 言葉が通じない。心も伝わらない。想いはどこにも届かない。
 かつて神の怒りに触れ、言葉を分たれた人間たち。
 我々バベルの末裔は、永遠に分り合うことができないのか?
モロッコの片隅で偶然放たれた一発の銃弾がアメリカ、メキシコ。日本の孤独な魂をつなぎ合わせてゆく。
 耳をすませば聴こえてくるはずだ。初めて世界に響く、魂の声が。
 2007年、世界はまだ変えられる。
(パンフレットより)

 モロッコ、アメリカ、メキシコ、日本…。
 宗教も違う、言語も違う、従って習慣も、もっといえばGNPも違うところに、それぞれに孤独を抱える人たちの生活があります。
 解ってもらいたい、解りたいと映画の主人公たちは、もがきます。

 コミュニケーションの代表といえば言葉でしょう。
 言葉を尽くせば解り合える、違う言語を獲得すれば人種を越えて理解し合える、そう信じていたけれど、本当でしょうか。私たちが、理解している、と思っていることも実は幻想なのかもしれない、と足元が揺るぎそうです。
 監督の提示したとってもシンプルな方法、なるほどそうかもしれません。

 追記 日本での撮影には、聾唖の方たちが協力したそうです。BABELの試写会に招かれた聾唖の方の、
「英語や手話には字幕がついていたが、日本語には字幕がついていなかった」との感想を事前に聞いていました。
 私が見た映画では、日本語の会話にも字幕が入っていました。聾唖の方たちの感想に答えての配慮であるならば、遅かったとはいえ、もう一度見られる機会がありますように。

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by h_with_the_wind | 2007-05-16 23:59 | 芸術 | Comments(0)