カテゴリ:社会科( 206 )

目には目で…

 20歳前後に読んだ小説やエッセイで今も心に残っている文章や言葉があります。

 『ハムラビ法典の「目には目を、歯には歯を」という言葉は、復讐を肯定しているかのようである。
 人間というものは自分がされた以上の仕返しをしたいと思ってしまう。ハムラビ法典に書かれているのは、仕返しを「目には目で、歯には歯で」とどめておきなさい、という戒めである』といった内容の文章もそのひとつです。
 若い頃に読んだエッセイに書かれていました。著者はキリスト教を信仰する作家だったかと思いますが、記憶が正確ではなくエッセイのタイトルも曖昧で、出典を明記できないことがとても残念です。


 この夏、テレビが共通の娯楽だった昭和を思い出すような視聴率をとったドラマのキャッチフレーズ「やられたらやり返せ、倍返しだ!」には、とうとう乗れませんでした。
 なぜ、という理由の解析もしたくないほどの嫌悪感からか、一度も見ませんでした。

 「倍返し」という言葉は負のスパイラルを生む、という意見を聞いて、私が覚えた嫌悪感の正体を解き明かされたと思いました。
 流行は、本来の目的から逸脱していくことがあります。
 弱者が強者を倒して溜飲を下げることに留まらないだろう、とその人は危惧されます。
 どうせなら復讐ではなく、「親切の倍返し」に発展していけばいいのですがね。

 ※改めて検索してみると、Wikipediaのハンムラビ法典の項には、「目には目で、歯には歯で」について書かれています。
^0^/


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by h_with_the_wind | 2013-10-09 07:08 | 社会科 | Comments(6)

七年後 

 朝、テレビのスイッチを入れたら、2020年のオリンピック開催都市が東京に決まった、というニュースが飛び込んできました。
 これまで招致に尽くした人たちの努力が実って良かったですね。


 今日が、2020年のオリンピック開催都市決定の日ということでしょう1964年の東京オリンピックの映画が放映されていました。
 私、この映画を2008年、北京オリンピックの年にも見ていました(その時の記事はコチラ→)

 半世紀前のオリンピックは、ダサくて古い!
 泥まみれの陸上競技、田んぼの中を走る自転車、担架で運ばれる選手。
 でも、そのアナログ感に生身の人間を見て、画面に惹きこまれていきました。
 観客席から一心に選手の姿を追う瞳。カメラを持つ人はごくわずかで、自らの目で見たものを記憶しようとしている視線は一途です。


 幻となった1940年の東京オリンピック。
 中島京子さんの小説「ちいさいおうち」を読んで、国威発揚時代の雰囲気を知りました。

 1964年の東京オリンピック。
 教科書で習うままに(文字通り教科書に書かれていたというだけでなく、戦後史に関する言論の総括として)、日本の戦後復興の象徴として、高度経済時代へのきっかけとしての視点でしか見ていませんでした。
 だけど、奥田英朗さんの著書「オリンピックの身代金」で、オリンピックの影の面を知りました。


 七年後の東京オリンピック。
 どうぞ翳りのない、コンパクトでもインパクトのある大会になりますように。
 そして、私も元気で見られますように!
^0^


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by h_with_the_wind | 2013-09-08 20:49 | 社会科 | Comments(4)

的中!? 

 出身地が当たるという方言チャート。
 試してみませんか?

 方言チャート


^O^/


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by h_with_the_wind | 2013-08-30 22:18 | 社会科 | Comments(2)

たこ焼き

お昼ご飯シリーズを始めたわけではないけれど…(笑)


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 明日は選挙。
 お皿に並んだたこ焼きのように見た目も中身も、どの党も同じに見えます。違いは、マヨネーズや青のりのかかり具合くらいでしょうか。
(^O^☆♪)


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by h_with_the_wind | 2012-12-15 22:07 | 社会科 | Comments(4)

新党の命名

 新党を立ち上げるエネルギーというのは、とても大きいのでしょう。そして新しい党の命名には、我が子の誕生と同じくらいの思いがこもっているものでしょう。

 石原慎太郎さんが新党に命名された「太陽の党」には、ご自身の芥川賞受賞作「太陽の季節」が、深く影響していることと思います。
 その「太陽の党」が披露され、選挙に向けて何かと耳にするようになりました。ただ、文字で見るのと違って耳にすると……

こいつが脳裏に浮かびます(笑)
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by h_with_the_wind | 2012-11-20 21:17 | 社会科 | Comments(2)

漢字

 アメリカのスーパーで、クレジットカードを使って買い物をしたらサインを求められました。私の手元をじっと見ていた店員は、漢字で私の名前が出来上がると驚きの声をあげました。
「A Chinese character?」と、聞かれ、
「そう。私は日本人だけどね」と、笑って答えました。
 私の後ろに並んでいた地元のおじさんが覗き込んで、
「すごいな!」と、言いました。
 アメリカの田舎町での忘れられない一コマです。


 漢字は、象形文字(Hieroglyphic character)です。
 頭ではわかっていても、毎日使っていても、そんなことを意識することはありません。


 台湾の友人の家には、就学前の息子のために漢字のカードが貼ってありました。
たくさんの漢字の中に、『鸚鵡』と書かれたカードがありました。就学前にこんな複雑な漢字を習得する彼の国の人たちを単純に「すごいな!」と、感心しながら、
 「Parrot?」と、聞くと
「Yes」と答えが返ってきました。
 私たちはお互いに相手の国の言葉を解しないので、第三国の言語・英語で意思を伝えあいます。
 中国語で『鸚鵡』をどう発音するのかは私にはわかりません。でも、漢字を見て、彼女と同じ鳥を思い浮かべました。


 NHKスペシャル『中国文明の謎 第2集  漢字誕生 王朝交代の秘密』を面白く見ました。

 「殷」の時代に神との対話のために用いられた甲骨文字が、臣下の国「周」に伝わったことから、『漢字』は劇的に変化したといいます。
 遺跡の発見と発掘によって「周」は周辺の他部族との『契約』に文字を使ったことがわかってきました。契約によって他の部族をまとめた「周」は、「殷」に対抗する力を得、ついに「殷」を滅亡させました。
 民族も言語も違う「周」と周辺の他部族が団結できたのは、漢字の登場と活用に依るものだったことが推察できるという内容でした。
(^O^☆♪)


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by h_with_the_wind | 2012-11-15 07:21 | 社会科 | Comments(2)

負けて、勝つ

 「吉田さんの国葬があるから、今日は半ドンだよ…」
 そう言って出勤した母の言葉を今も覚えています。
       (注:半ドン 午前中に業務や授業が終了して、午後が休みになること)
 子供だった私には、吉田茂という人の功績を知る物差しも持たなかったけれど、国がお葬式を出すなんて余程エラかったのだろうな、と思ったことが記憶に残っています。

 おかげで、吉田茂氏の名前と国葬をセットで覚えました。
 戦後、国葬令は失効しましたが、吉田茂氏が亡くなった際には閣議で国葬と決まったそうです。そして吉田茂氏の葬儀が戦後、唯一の国葬です。


 NHKの土曜ドラマスペシャル『負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂』を興味深く見ています。
 なにしろ日本史の時間に教わることのなかった範囲です。

 運輸次官の佐藤栄作氏、大蔵次官の池田勇人氏を政治家として迎え入れたのが吉田茂氏だったことを初めて知りました。後にお二人とも総理となられます。後の総理大臣といえば、若き日の田中角栄氏や宮沢喜一氏が登場します。
 鳩山由紀夫氏のお父さん鳩山一郎氏が与党のトップでありながら総理大臣になれなかったのは、戦中の発言に端を発していたからだと知りました。

 警察予備隊がどうして作られたのか、なぜ日本に米軍基地が残ったのか、 断片的な知識がひとつになって、現状に繋がってきました。
 それはそのまま、中村高志プロデューサーの「戦後の占領期、総理大臣の吉田茂が下した決断の一つ一つが現代につながっている」という言葉のとおりです(
NHKの「負けて、勝つ」ホームへページより)。

 演出家の柳川強さんは、同じホームへページで、
「戦争を直接体験した親をもつ世代である私たちには、戦争・戦後を描き、後世に伝えていく責務があります」と、述べられています。
 少し前に読んだ「東京プリズン」の著者、赤坂真理さんと同じ言葉に出会いました。
 「台湾海峡一九四九」の著者、龍應台さんも同じことを言われています。

 同世代の私たち、戦争を直接体験した親をもつ私たちが共通の思いを胸に抱いていることは単に偶然でしょうか。
^O^/


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by h_with_the_wind | 2012-10-04 20:16 | 社会科 | Comments(3)

鳴るかな?

 朝、次女のお弁当を作りながら聴いていたラジオから、
「今日は大阪880万人訓練が行われます」という案内がありました。
 そういえば、そんなことを言っていたなあ、今日だったのか、と思い出しました。

 緊急災害時、一斉に個人の携帯電話に「災害・避難メール」が送られてくるそうで、その試験運用が11時に実施されるというのです。
 かなり強引で、マナーモードにしていても鳴動するそうです。映画館や病院ではお気をつけ下さいとのこと。

 ちょっと迷惑、でも同時に何だかわくわく。



 で、11時。


 同僚の携帯が鳴りました。
「緊急メールだわ」と、いたってレイセイ…!

 わ、私のは……?
 ………
 鳴らない……orz


 あちこちで情報収集したところ(要するに鳴った?と聞いてまわっただけですが…)、携帯電話にメールが届いたのは、12人中ふたりでした。
 もちろん、メールが届いたという友達には、鳴ったら教えてね、とお願いしておきました。


 改めて調べてみると、この受信に対して携帯電話には3種類あるようです。
 自ら操作しなくても自動で受信するタイプ、受信するためには設定が必要なタイプ、そして全く対応していないタイプの3種類です。
 それを知ることができただけでも良かったかな、と思いました。

 今日、たまたま大阪にいて、いきなりの受信に驚いた方もいらしたことでしょうね。
^O^/


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by h_with_the_wind | 2012-09-05 19:00 | 社会科 | Comments(0)

欧亜国際連絡列車

 JR西日本のホームページで、『欧亜国際連絡列車100周年記念号の旅』という企画を知りました。
 特別列車「サロンカーなにわ」で大阪から米原経由福井県の敦賀まで約2時間の小旅行です。

 素敵な外観の「サロンカーなにわ」は、とても人気があるそうですが、私は欧亜国際連絡列車という単語にひっかかりました。
 欧亜?ヨーロッパとアジアをつなぐ列車…?

 国際連絡列車について調べてみると…、
 飛行機が主流となる以前、四方を海に囲まれた日本から外国へ行くためには、船が欠かせませんでした。国際連絡列車は、都市から外国航路の起点となる港までの列車のことで、外国への船に接続していたそうです。

 そうか!
 青函トンネルができるまで、本州と北海道を結ぶ青函連絡船は重要な役割を果たしていました。長距離列車で青森駅に到着すると、すぐそばの青函連絡船の発着場では出航時間の迫った船が乗客を待ち受けていました。連絡船で4時間かけて津軽海峡を渡り終えた函館でも同様に道内に向けた列車との連携ができていました。
 その外国航路版ということですね。


 日本の開国から第二次世界大戦後にかけて、横浜、神戸、長崎など不平等条約で開港した港は外国航路の運航を担っていました。
 長距離航路では横浜とサンフランシスコ、短距離航路では長崎と上海や稚内と大泊を結ぶ定期運行航路などがあったそうです。
 敦賀とロシアのウラジオストクを結ぶウラジオ航路が「欧亜」と呼ばれたのは、ロシアの極東・ウラジオストクがシベリア鉄道の起点だったからです。ユーラシア大陸の東端ウラジオストクからモスクワまで伸びるシベリア鉄道を利用することで、モスクワからさらにヨーロッパの各都市への移動が容易になりました。


 1912年6月、東京の新橋から金ヶ崎(敦賀港)駅間に「欧亜国際連絡列車」の運行が開始され、ウラジオストクまでの国際航路とシベリア鉄道を介し、それまで海路で40日かかった東京からパリ間が17日で結ばれることになりました。
(JR西日本HPより)
 


そうか!
 第二次世界大戦後、ソ連の抑留から引き上げ船で帰ってくる息子の帰りを待つ母親の姿を歌った「岸壁の母」の舞台が舞鶴だと聞いても私にはイメージできませんでした。
 かつて舞鶴とウラジオストクの間に国際航路があったという大前提を知らなかったためですね。
 与謝野晶子は、東京から米原経由で敦賀まで出て敦賀からウラジオストクまで船に乗り、シベリア鉄道モスクワ経由で夫の待つパリへと旅をしていることにも納得しました。


 「欧亜国際連絡列車」の運行開始100年を記念して運行されるこの列車は、敦賀港からロシアのウラジオストクに向けて運行されるクルーズ船にも接続しているのだそうです。
 たった一度の運行…。乗ってみたかったけれど、私が知った時点でもう満席だそうです。
^O^/


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by h_with_the_wind | 2012-06-20 06:19 | 社会科 | Comments(2)

いま時の若い者…

 「いま時の若い者は……」と、かつての私たちも言われました。
 曰く「どうして大学生が電車の中でマンガを読むのだ」
 曰く「女が大学にジーパンを履いていくなんて」
 古代文字を読み解いたら「いま時の若い者は…」と書かれていた、というエピソードを知ったのはその頃でしたか。

 週刊誌の見出しに『ゆとりモンスター新人』とありました。
 娘たちは「ゆとり世代」です。彼女たちが選んだ訳でもなく、親の私たちも子供を授かった時には、ゆとり教育が始まるなんて想像もしていませんでした。

 他人ごとではないな、と週刊誌の『ゆとりモンスター新人』の記事を読みました。なるほどこの春の新人社員たちのびっくりするような行状が書かれています。
 だけど、読んでいるうちに何だか笑えてきました。
 世代を括る命名に身構えたけれど、「いま時の若い者は……」という古代人のため息が聞こえてくるようでした。
 記事を書いた人の年齢はわからないけれど、バブル期に『新人類』と呼ばれた世代だったとしたら面白いなって想像しながら…。
^O^/


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by h_with_the_wind | 2012-05-27 08:46 | 社会科 | Comments(0)


今日はどんな風が吹くのだろう。 日々の思いを書き留める雑文帳。


by 風懐

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