カテゴリ:社会科( 204 )

的中!? 

 出身地が当たるという方言チャート。
 試してみませんか?

 方言チャート


^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2013-08-30 22:18 | 社会科 | Comments(2)

たこ焼き

お昼ご飯シリーズを始めたわけではないけれど…(笑)


d0087062_2263640.jpg



 明日は選挙。
 お皿に並んだたこ焼きのように見た目も中身も、どの党も同じに見えます。違いは、マヨネーズや青のりのかかり具合くらいでしょうか。
(^O^☆♪)


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2012-12-15 22:07 | 社会科 | Comments(4)

新党の命名

 新党を立ち上げるエネルギーというのは、とても大きいのでしょう。そして新しい党の命名には、我が子の誕生と同じくらいの思いがこもっているものでしょう。

 石原慎太郎さんが新党に命名された「太陽の党」には、ご自身の芥川賞受賞作「太陽の季節」が、深く影響していることと思います。
 その「太陽の党」が披露され、選挙に向けて何かと耳にするようになりました。ただ、文字で見るのと違って耳にすると……

こいつが脳裏に浮かびます(笑)
[PR]
by h_with_the_wind | 2012-11-20 21:17 | 社会科 | Comments(2)

漢字

 アメリカのスーパーで、クレジットカードを使って買い物をしたらサインを求められました。私の手元をじっと見ていた店員は、漢字で私の名前が出来上がると驚きの声をあげました。
「A Chinese character?」と、聞かれ、
「そう。私は日本人だけどね」と、笑って答えました。
 私の後ろに並んでいた地元のおじさんが覗き込んで、
「すごいな!」と、言いました。
 アメリカの田舎町での忘れられない一コマです。


 漢字は、象形文字(Hieroglyphic character)です。
 頭ではわかっていても、毎日使っていても、そんなことを意識することはありません。


 台湾の友人の家には、就学前の息子のために漢字のカードが貼ってありました。
たくさんの漢字の中に、『鸚鵡』と書かれたカードがありました。就学前にこんな複雑な漢字を習得する彼の国の人たちを単純に「すごいな!」と、感心しながら、
 「Parrot?」と、聞くと
「Yes」と答えが返ってきました。
 私たちはお互いに相手の国の言葉を解しないので、第三国の言語・英語で意思を伝えあいます。
 中国語で『鸚鵡』をどう発音するのかは私にはわかりません。でも、漢字を見て、彼女と同じ鳥を思い浮かべました。


 NHKスペシャル『中国文明の謎 第2集  漢字誕生 王朝交代の秘密』を面白く見ました。

 「殷」の時代に神との対話のために用いられた甲骨文字が、臣下の国「周」に伝わったことから、『漢字』は劇的に変化したといいます。
 遺跡の発見と発掘によって「周」は周辺の他部族との『契約』に文字を使ったことがわかってきました。契約によって他の部族をまとめた「周」は、「殷」に対抗する力を得、ついに「殷」を滅亡させました。
 民族も言語も違う「周」と周辺の他部族が団結できたのは、漢字の登場と活用に依るものだったことが推察できるという内容でした。
(^O^☆♪)


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2012-11-15 07:21 | 社会科 | Comments(2)

負けて、勝つ

 「吉田さんの国葬があるから、今日は半ドンだよ…」
 そう言って出勤した母の言葉を今も覚えています。
       (注:半ドン 午前中に業務や授業が終了して、午後が休みになること)
 子供だった私には、吉田茂という人の功績を知る物差しも持たなかったけれど、国がお葬式を出すなんて余程エラかったのだろうな、と思ったことが記憶に残っています。

 おかげで、吉田茂氏の名前と国葬をセットで覚えました。
 戦後、国葬令は失効しましたが、吉田茂氏が亡くなった際には閣議で国葬と決まったそうです。そして吉田茂氏の葬儀が戦後、唯一の国葬です。


 NHKの土曜ドラマスペシャル『負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂』を興味深く見ています。
 なにしろ日本史の時間に教わることのなかった範囲です。

 運輸次官の佐藤栄作氏、大蔵次官の池田勇人氏を政治家として迎え入れたのが吉田茂氏だったことを初めて知りました。後にお二人とも総理となられます。後の総理大臣といえば、若き日の田中角栄氏や宮沢喜一氏が登場します。
 鳩山由紀夫氏のお父さん鳩山一郎氏が与党のトップでありながら総理大臣になれなかったのは、戦中の発言に端を発していたからだと知りました。

 警察予備隊がどうして作られたのか、なぜ日本に米軍基地が残ったのか、 断片的な知識がひとつになって、現状に繋がってきました。
 それはそのまま、中村高志プロデューサーの「戦後の占領期、総理大臣の吉田茂が下した決断の一つ一つが現代につながっている」という言葉のとおりです(
NHKの「負けて、勝つ」ホームへページより)。

 演出家の柳川強さんは、同じホームへページで、
「戦争を直接体験した親をもつ世代である私たちには、戦争・戦後を描き、後世に伝えていく責務があります」と、述べられています。
 少し前に読んだ「東京プリズン」の著者、赤坂真理さんと同じ言葉に出会いました。
 「台湾海峡一九四九」の著者、龍應台さんも同じことを言われています。

 同世代の私たち、戦争を直接体験した親をもつ私たちが共通の思いを胸に抱いていることは単に偶然でしょうか。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2012-10-04 20:16 | 社会科 | Comments(3)

鳴るかな?

 朝、次女のお弁当を作りながら聴いていたラジオから、
「今日は大阪880万人訓練が行われます」という案内がありました。
 そういえば、そんなことを言っていたなあ、今日だったのか、と思い出しました。

 緊急災害時、一斉に個人の携帯電話に「災害・避難メール」が送られてくるそうで、その試験運用が11時に実施されるというのです。
 かなり強引で、マナーモードにしていても鳴動するそうです。映画館や病院ではお気をつけ下さいとのこと。

 ちょっと迷惑、でも同時に何だかわくわく。



 で、11時。


 同僚の携帯が鳴りました。
「緊急メールだわ」と、いたってレイセイ…!

 わ、私のは……?
 ………
 鳴らない……orz


 あちこちで情報収集したところ(要するに鳴った?と聞いてまわっただけですが…)、携帯電話にメールが届いたのは、12人中ふたりでした。
 もちろん、メールが届いたという友達には、鳴ったら教えてね、とお願いしておきました。


 改めて調べてみると、この受信に対して携帯電話には3種類あるようです。
 自ら操作しなくても自動で受信するタイプ、受信するためには設定が必要なタイプ、そして全く対応していないタイプの3種類です。
 それを知ることができただけでも良かったかな、と思いました。

 今日、たまたま大阪にいて、いきなりの受信に驚いた方もいらしたことでしょうね。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2012-09-05 19:00 | 社会科 | Comments(0)

欧亜国際連絡列車

 JR西日本のホームページで、『欧亜国際連絡列車100周年記念号の旅』という企画を知りました。
 特別列車「サロンカーなにわ」で大阪から米原経由福井県の敦賀まで約2時間の小旅行です。

 素敵な外観の「サロンカーなにわ」は、とても人気があるそうですが、私は欧亜国際連絡列車という単語にひっかかりました。
 欧亜?ヨーロッパとアジアをつなぐ列車…?

 国際連絡列車について調べてみると…、
 飛行機が主流となる以前、四方を海に囲まれた日本から外国へ行くためには、船が欠かせませんでした。国際連絡列車は、都市から外国航路の起点となる港までの列車のことで、外国への船に接続していたそうです。

 そうか!
 青函トンネルができるまで、本州と北海道を結ぶ青函連絡船は重要な役割を果たしていました。長距離列車で青森駅に到着すると、すぐそばの青函連絡船の発着場では出航時間の迫った船が乗客を待ち受けていました。連絡船で4時間かけて津軽海峡を渡り終えた函館でも同様に道内に向けた列車との連携ができていました。
 その外国航路版ということですね。


 日本の開国から第二次世界大戦後にかけて、横浜、神戸、長崎など不平等条約で開港した港は外国航路の運航を担っていました。
 長距離航路では横浜とサンフランシスコ、短距離航路では長崎と上海や稚内と大泊を結ぶ定期運行航路などがあったそうです。
 敦賀とロシアのウラジオストクを結ぶウラジオ航路が「欧亜」と呼ばれたのは、ロシアの極東・ウラジオストクがシベリア鉄道の起点だったからです。ユーラシア大陸の東端ウラジオストクからモスクワまで伸びるシベリア鉄道を利用することで、モスクワからさらにヨーロッパの各都市への移動が容易になりました。


 1912年6月、東京の新橋から金ヶ崎(敦賀港)駅間に「欧亜国際連絡列車」の運行が開始され、ウラジオストクまでの国際航路とシベリア鉄道を介し、それまで海路で40日かかった東京からパリ間が17日で結ばれることになりました。
(JR西日本HPより)
 


そうか!
 第二次世界大戦後、ソ連の抑留から引き上げ船で帰ってくる息子の帰りを待つ母親の姿を歌った「岸壁の母」の舞台が舞鶴だと聞いても私にはイメージできませんでした。
 かつて舞鶴とウラジオストクの間に国際航路があったという大前提を知らなかったためですね。
 与謝野晶子は、東京から米原経由で敦賀まで出て敦賀からウラジオストクまで船に乗り、シベリア鉄道モスクワ経由で夫の待つパリへと旅をしていることにも納得しました。


 「欧亜国際連絡列車」の運行開始100年を記念して運行されるこの列車は、敦賀港からロシアのウラジオストクに向けて運行されるクルーズ船にも接続しているのだそうです。
 たった一度の運行…。乗ってみたかったけれど、私が知った時点でもう満席だそうです。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2012-06-20 06:19 | 社会科 | Comments(2)

いま時の若い者…

 「いま時の若い者は……」と、かつての私たちも言われました。
 曰く「どうして大学生が電車の中でマンガを読むのだ」
 曰く「女が大学にジーパンを履いていくなんて」
 古代文字を読み解いたら「いま時の若い者は…」と書かれていた、というエピソードを知ったのはその頃でしたか。

 週刊誌の見出しに『ゆとりモンスター新人』とありました。
 娘たちは「ゆとり世代」です。彼女たちが選んだ訳でもなく、親の私たちも子供を授かった時には、ゆとり教育が始まるなんて想像もしていませんでした。

 他人ごとではないな、と週刊誌の『ゆとりモンスター新人』の記事を読みました。なるほどこの春の新人社員たちのびっくりするような行状が書かれています。
 だけど、読んでいるうちに何だか笑えてきました。
 世代を括る命名に身構えたけれど、「いま時の若い者は……」という古代人のため息が聞こえてくるようでした。
 記事を書いた人の年齢はわからないけれど、バブル期に『新人類』と呼ばれた世代だったとしたら面白いなって想像しながら…。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2012-05-27 08:46 | 社会科 | Comments(0)

家紋

 平家の家紋です。

d0087062_21453014.jpg




 由来は、正倉院御物の金銀平蝶脱八角鏡や花蝶背円鏡の文様から始まり、最初の蝶紋は桓武平氏だそうです。

 以前、姫路城で瓦の中にこの蝶紋を見つけました。姫路城には他にもゆかりの戦国武将の家紋がたくさんありましたが、蝶紋はひときわ優雅に映りました。姫路城の最初の藩主・池田氏が、平家由来の揚羽蝶を家紋としていたからだそうです。
 揚羽蝶は姫路市となった現代にも受け継がれ、姫路市は市蝶をジャコウアゲハに制定しています。

 平家の落人伝説は全国に散らばっています。
 ある地方では和菓子最中の皮に、また熊本県八代市(旧八代郡泉村)のマンホールに、この揚羽蝶が描かれているそうです。
 そういった全国の縁の地を歩いてみるのも楽しそうですね。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2012-04-01 21:47 | 社会科 | Comments(4)

米国人から見た○○人 

1. やたらとお茶を飲む
2. むやみに謙遜する
3. 米国人がそばにいるのに○○人同士で○○語を話す
4. 面倒なことを避けたがる
5. 結論をすぐに出さない
6. はっきりものを言わない
7. 客を過剰にもてなす
8. お尻に火がつくまで仕事にとりかからない
9. とにかく何でも食べる
10. やたらとうるさい


 こんな記事を見つけました。
 ○○にはどこの国名が入るでしょうか?

 私は先に国名を見てしまったのですが、それが日本であったとしても不思議ではないな、と思いました。

 もったいぶってもごめんなさい。
○○の中には、「中国」が入ります。米国人にとって在米中国人の理解し難い生活習慣だそうです(2月20日中国の新華網で紹介された記事の孫引き)。
 アメリカで暮らしていた時に、日本人と韓国人それに中国人は一緒なんだなあと実感したことを思い出しました。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2012-03-08 19:05 | 社会科 | Comments(4)