カテゴリ:社会科( 206 )

家紋

 平家の家紋です。

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 由来は、正倉院御物の金銀平蝶脱八角鏡や花蝶背円鏡の文様から始まり、最初の蝶紋は桓武平氏だそうです。

 以前、姫路城で瓦の中にこの蝶紋を見つけました。姫路城には他にもゆかりの戦国武将の家紋がたくさんありましたが、蝶紋はひときわ優雅に映りました。姫路城の最初の藩主・池田氏が、平家由来の揚羽蝶を家紋としていたからだそうです。
 揚羽蝶は姫路市となった現代にも受け継がれ、姫路市は市蝶をジャコウアゲハに制定しています。

 平家の落人伝説は全国に散らばっています。
 ある地方では和菓子最中の皮に、また熊本県八代市(旧八代郡泉村)のマンホールに、この揚羽蝶が描かれているそうです。
 そういった全国の縁の地を歩いてみるのも楽しそうですね。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

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by h_with_the_wind | 2012-04-01 21:47 | 社会科 | Comments(4)

米国人から見た○○人 

1. やたらとお茶を飲む
2. むやみに謙遜する
3. 米国人がそばにいるのに○○人同士で○○語を話す
4. 面倒なことを避けたがる
5. 結論をすぐに出さない
6. はっきりものを言わない
7. 客を過剰にもてなす
8. お尻に火がつくまで仕事にとりかからない
9. とにかく何でも食べる
10. やたらとうるさい


 こんな記事を見つけました。
 ○○にはどこの国名が入るでしょうか?

 私は先に国名を見てしまったのですが、それが日本であったとしても不思議ではないな、と思いました。

 もったいぶってもごめんなさい。
○○の中には、「中国」が入ります。米国人にとって在米中国人の理解し難い生活習慣だそうです(2月20日中国の新華網で紹介された記事の孫引き)。
 アメリカで暮らしていた時に、日本人と韓国人それに中国人は一緒なんだなあと実感したことを思い出しました。
^O^/


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by h_with_the_wind | 2012-03-08 19:05 | 社会科 | Comments(4)

スカボロー・フェア

 『ベニシアのハーブ便り』を見ていて頭に浮かんだのが、サーモン&ガーファンクルの歌った『スカボロー・フェア』です。
 ハーブ、セージ、ローズマリー、タイムとハーブの名前が繰り返し出てきます。

 改めて検索してみると…、
 原曲は16~17世紀に吟遊詩人が町から町へと歌って歩いたもので、私たちが知っているサーモン&ガーファンクルの歌は19世紀の末に原曲から派生したひとつだそうです。
 タイトルのスカボロー・フェアは、英国のスカボローで夏に開かれていた市(いち)のことだと知りました。
 市場が舞台だからそこで取引されただろうハーブの名前がたくさん織り込まれているのか、と納得したのですが、さらに読み進んでいくとこれらのハーブにはそれぞれシンボリックな意味が含まれているという解釈が載っていました。

 ハーブは西洋の歴史と密着した意味を持ち、経験から効能が伝承されてきたのですね。
^O^/


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by h_with_the_wind | 2012-02-16 20:29 | 社会科 | Comments(2)

メール

 初めてメールアドレスを獲得した時のことを、ついこの間のように思い出します。まだ「電子メール」と呼んでいましたっけ。
 ちょっとした興奮。
 でも、相手は夫しかいなかった……^^;
 いえ、嬉しかったですよ。

 今では、メールと言えば、e-mail。
 アドレスと言えば、メールアドレス。住所は知らなくてもメールアドレスは知っているなんてことも決して珍しくはありません。
 個人情報保護法が施行されたおかげで、娘の学校のクラス名簿はなくなり、卒業アルバムからも住所欄は消えました。学校からの緊急連絡もメールの一斉送信で瞬時に受け取れるようになりました。


 アメリカのテレビドラマを見ていたら、
「Paper mail」という単語が引っ掛かって、妙に感心してしまいました。手紙のことをわざわざ「紙の手紙」と呼んでいる! アメリカでもmailは、e-mailを指しているのですね。Paper って…!
 それが日常なのか、故意にそう表現したのか、細かいニュアンスを逸してしまったことが残念です。
^O^/


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by h_with_the_wind | 2011-11-09 21:57 | 社会科 | Comments(2)

あなたはどっち?

 「あなたはボケですか、ツッコミですか」と聞かれて、即答できるのは大阪人だそうです。
ホント?確かに街頭でマイクを突き付けられたら、答えるでしょうね(笑)。

 ひと月くらい前の「ケンミンSHOW」でそんな大阪が紹介されていました。
 あー、面白い。
 でも、気がつく人は気がつかれたと思いますが、私はその様子に思わず納得しました。

 学校では校長先生が自らを「ボケです」と言い、それを受けて教頭先生は「ツッコミです」と答えていました。一流ホテルのフロントでは男性が「ボケです」と言い、続けて傍らの女性が「ツッコミです」と受けていました。
 あうんの呼吸がたまらなく、どちらも人間関係がうまくいっている職場だろうな、と笑ってしまいました。


 横山やすしさんと西川きよしさんの「やすきよ漫才」が受けるようになったのは、それまでツッコミだったやすしさんがボケに、ボケだったきよしさんがツッコミに立場を変えた時からだったと言います。

 力関係の強い方がボケることによって、人間関係のバランスがとれるのだな、と確信しました。
 強い人が突っ込んでもそれはイジメにしかならず、弱い人がボケてもすっきりした笑いには繋がりません。
 ヒエラルキーの上位者が、あるいは力の強い男性が、「ボケです」と言うことに可笑しさと余裕を感じます。成熟した関係というと褒めすぎでしょうか。
^O^/


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by h_with_the_wind | 2011-11-02 22:26 | 社会科 | Comments(6)

ルーブルコイン

 ネットサーフィンをしていてまきのやさんのブログ「北の都で ~サンクトペテルブルグに暮らす日本人の日記」と邂逅しました。
 (まきのやさんにご挨拶しようとしたのですが、コメントがはじかれてしまいます。もしご覧になったらご挨拶できていないことごめんなさい)


 ルーブル貨幣の写真に、
 「!」
 きらりーん…、頭の中で音楽が流れました。

 私もルーブル硬貨を持っていたはずです。
 早速、探してみました。今は亡きソ連…。

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 左が1ルーブル、小さいのが1カペイカです。
 100円と較べて見てください。ルーブルがやたらに大きくて重いのに較べてカペイカは何とも頼りない存在です。中庸を嫌うロシア人らしいと言えば、らしいのでしょうが…。




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 レーニン ハラショー!…。
 左はロシア革命60周年 真ん中はレーニン生誕100年 右はスタンダード?




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こんなのもありました。

で、ロシアではソ連時代のコインも現役で使えるのでしょうか??
^O^/


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by h_with_the_wind | 2011-03-01 20:14 | 社会科 | Comments(0)

パンダと報道規制?

 先週の週明け早々、テレビでは明るい声が飛び交って大騒ぎしていました。

 中国成都から上野動物園にパンダが来る!

 で?

 空港に着きました。

 はい?

 空港を出発しました。

 なんで?

 動物園に到着しました。

 へえ、阪急・阪神エクスプレスのトラックって関西系やん♪

 ニュースを見るたびに繰り返される中継に私は、びっくりしました。
 だって、王子動物園にもパンダはいるし、白浜のアドベンチャーワールドでは出産もして現在8頭のパンダがいます。
 日中国交回復のシンボルとして初めてパンダが日本にやってきてから40年近く経ちます。今更……?
 と、驚いていたのは、私だけではなくて関西ではフツーの反応だったようです。週末の関西ローカル情報番組で、私と同じ感想を持っている人が多いことを知りました。

 今回、上野動物園にパンダがやってきたことで、経済効果200億円が試算されているそうです。
 そりゃあね、全国ニュースや情報番組でこれでもかというほど繰り返されていれば、行ってみようか、という気持ちになります。

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我が家のパンダ^O^/





 ところで、25日、日本人記者がニュージーランド地震で立ち入り禁止の病院に入ったとして逮捕、というニュースをインターネットで見つけました。
 立ち入り禁止であることを知らずに入ったのか、特ダネを狙って故意の行為だったのかはっきりしなかったので、テレビのニュース番組か新聞でフォローしたいと思っていましたが、私の知っている範囲では取り上げられていませんでした。
 言論と情報にフィルターがかかっているのは、他所の国だけではないのでしょうか。
^^;


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by h_with_the_wind | 2011-02-28 21:35 | 社会科 | Comments(2)

日光東照宮

 日光東照宮、一度は行ってみたいところです。
 「日光を見ずして結構と言うなかれ」と、言いますものね。

 日光東照宮のHPを見ると、一日で見て回れるのかしらと思うくらいに広くて見どころも充実しているようです。

 戦後の教育を受けた私には、すぐにピンと来なかったのですが、徳川家は天皇家をないがしろにしたということで、明治時代から第二次世界大戦が終わるまでは表舞台から退いていたと知りました。物心ついた頃からテレビで黄門さまの姿を見ていた私には、江戸時代がタブー視されていたこと自体に意表を突かれました。
 戦後、物事の価値観が変化し、言論の自由が保障されたということは、両親や先生あるいは本を通して知っていました。ただ実際に私が体験した事ではないので、具体的な事例まで思い至りませんでした。

 日光東照宮は、江戸時代に造替・修理が行われたものの、明治維新後は昭和の大修理(昭和25年―61年)まで大きく手を掛けられることもなかったようです。
 HPによると、平成19年度に始まった平成の大修理は、平成36年度まで18年かけて行われるということです。
 どうせならすべての修理が終わってから行ってみたい、でも、その時まで元気でいられるか心配なほど、先のことだと気が付きました。
^^;

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by h_with_the_wind | 2010-10-14 23:59 | 社会科 | Comments(0)

築山殿

 徳川家康のことを知りたいと小説を読んでいます。
 山岡荘八さんの書かれた全26巻(講談社山岡荘八歴史文庫)に挑戦する元気はなくて、司馬遼太郎さんの「覇王の家」(新潮文庫)にしました。

 徳川家康の正室・築山殿という人は、とんでもなく怖い人だったのですね。というか鬼嫁?
 当時としては、「とうが立った」身で10歳も年下のまだ17歳の家康と結婚しています(諸説あるようで、同い年と書かれている文献もあるとのことですが、司馬遼太郎さんは10歳違いの説をとられています)。
 今川義元を叔父にもつ築山殿にとって今川家の人質の家康との婚姻、しかも婚姻のために慌てて元服を済ませたような相手ですから、当初からみくびっていたという推論は納得できます。

 それにしても…。築山殿の所業の描写は、歴史上の人物に愛情なり同情の念を忘れない司馬遼太郎さんには珍しいことかと思います。
 今度は、築山殿という人に興味が湧いてきました。本当にそれほど悪い人だったのか、仮にそうだとしたらどうしてそうなったのかという生育歴にも踏み込んで知りたくなりました。あるいは時代のスケープゴートにされて、針小棒大化したことが固定して伝承されたのかもしれませんが…。
w(゚o゚)w

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by h_with_the_wind | 2010-10-09 23:59 | 社会科 | Comments(0)

来ないの?

 例えば、友達3人で待ち合わせをしていて最初に待ち合わせ場所に着いたとします。後からきた友達から、もうひとりの友達は来られなくなったことを告げられて、
「なーんだ、来ないのか」という気持ちを、
 「なんや、きーひんの」と、言ったら京都の人。
 「なんや、けーへんの」と、言ったら大阪の人。
 「なんや、こーへんの」と、言ったら神戸の人。

 京都から新神戸まで新大阪を通って新幹線のぞみなら30分、京都から大阪を過ぎて神戸まで新快速に乗っても一時間ほどの距離です。
 なのに微妙に違います。言葉もセンスも…。
 京都・大阪・神戸、内心では皆「自分が一番!」と思っています。えっ、そんなん思うの、大阪だけ?うそぉ!
^O^

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by h_with_the_wind | 2010-10-08 23:59 | 社会科 | Comments(6)