カテゴリ:課外活動( 247 )

龍馬への旅3

 昨夜のうちに雨が降ったようで道路が濡れています。
 でも、坂本龍馬への旅、最終日の高知は快晴との天気予報です。今回の旅行、ずっと天候には恵まれていました。

 高知から野市(のいち)へ行くのに、路面電車とバスを利用しました。路面電車は、市内をゆるゆると走ります。都市部を抜けると、窓外に見える田んぼに水が張られて、すでに田植えが始まっています。そういえば、「高知県の二期作」と、社会で習いました。

 野市には、「龍馬歴史館」があります。
 坂本龍馬の誕生から近江屋で命を落とすまでの33年の生涯のうち、転機となったシーンが蝋人形で再現されています。
 6畳の和室で、剣の師匠千葉重太郎と勝海舟を訪ねた龍馬の姿など、リアルでその場に居合わせているかのようでした。

 高知での坂本龍馬の足跡を追う旅でした。
 歴史は過ぎ去ったもので、どうにも抗うことはできません。高知にも京都にも長崎にも坂本龍馬の足跡は残っています。足跡を辿ることは意味のないことかもしれません。

 ですが、実際に足を運んで土地の空気を体感してみると思いがけない発見があって楽しいものです。
 たとえば今回、坂本龍馬生誕の地と板垣退助生誕の地が、ほんの5・600mしか離れていないことを知りました。
「ご近所さんだったのね」と、娘と顔を見合わせました。
 当然かもしれないけれど、小さいかもしれないけれど、私たちの「発見」は私たちの体験です。
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by h_with_the_wind | 2007-03-30 23:59 | 課外活動 | Comments(0)

龍馬への旅2

 昨日の午後、高知に着きました。
 さっそく、高知市立「龍馬の生まれたまち記念館」で坂本龍馬の脱藩までの足跡をたどり、喫茶店「さいたにや」でコーヒーをいただきました。

 さいたに(才谷)家は、坂本龍馬が生まれた坂本家の本家で、龍馬は、「才谷梅太郎」という変名を用いたことでも知られています。
 喫茶店「さいたにや」は、かつて才谷家があったところだそうです。坂本龍馬好きの店主が20年ほど前に脱サラしてお店を開かれたそうで、坂本龍馬関連の本が揃い、壁にはポスターや写真がたくさん貼られています。
 龍馬ファンが訪れるという店内の雰囲気に、長女の「龍馬モード」が高まりつつあるようでした。


 さて、昨日から、坂本龍馬の足跡を追った旅を続けています。
 今日は朝からホテルの自転車を借りて、高知城を手始めに市内観光をしました。

 午後は、バスに乗って桂浜へ出掛けました。

 バスを降りると波の音が聞こえてきました。どどーん、と響く音が、海の傍に暮らしたことのない私に、旅の高揚感を運んでくれます。

 太陽を反射して海がきらきらと輝いています。打ち寄せる波が深いグリーンの影となり、岩場ではじけて真っ白に変わります。
 好天に恵まれ、気温はぐんぐん上がっているようです。Tシャツ一枚でも充分です。

 1時間の自由時間を作りました。
 次女は、波打ち際を端から端までゆっくり歩きながら、奇麗な石を探しています。私と長女は、桂浜に立つ有名な坂本龍馬の像を写真に撮りました。
 東屋で休む私を残して、長女は、お土産屋さんをのぞきに行きました。春の午後、ゆっくりした時間が流れていきます。

 かつてここの漁師たちは、クジラ漁もしていました。勇猛果敢な海の男たちとクジラの格闘は、今朝、高知城の展示品で見てきたばかりです。

 だけど…、と思います。
 江戸時代、幕府は大型船の建造を禁止していました。(菜の花の沖 司馬遼太郎 文春文庫)。船は、海岸に沿って航行するのみで、ひとたび海岸線から離れると、海流に流されて難破するしかありませんでした。
 海で嵐に出会い、アメリカ船に救助されて数奇な運命をたどったのは、この土地に生まれた中浜万次郎です。ジョン・万次郎と呼ばれ、帰国できた彼は運の強い人で、海流に乗ってしまった人の多くはそのまま海に飲み込まれてしまいました。

 現代、私たちは、この海が太平洋に面していて、海へ漕ぎ出せば広い世界に通じることを知っていますが、江戸時代の一般人の常識として、太平洋の向こうの様子を知る術はなかったのではないでしょうか。坂本龍馬が幼少期に海を見て世界は広い、と感じたのは、出来過ぎのような気がします。
 江戸時代の海の中心は、あくまで瀬戸内海でした。太平洋に面した土佐は、背後に峻険な山を背負って閉鎖した上下関係の厳しい城下町で、孤立していたと考える方が妥当なような気がします。

 それぞれの自由時間を満喫した私たちは、高知県立坂本龍馬記念館へ寄って高知市内へと帰りました。

 夜、坂本龍馬の夢を見そうだ、と夫にメールを送りました。
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by h_with_the_wind | 2007-03-29 23:59 | 課外活動 | Comments(0)

龍馬への旅

 娘ふたりと高知へ行きました。長女は坂本龍馬に夢中です。

 学生時代に同い年の従姉とふたりで四国を、ほぼ一周したことがあります。岡山から宇野まで国鉄の鈍行に乗り、宇高連絡船で四国の高松に渡りました。
 1889年に初めて本州と四国の架橋を提唱されてから、1世紀、長女が産まれる前年1988年に瀬戸大橋が開業しました。

 本州側最後の特急停車駅児島から、四国側最初の駅宇多津までわずか20分です。長女の言葉を借りると
「やるなあ、日本人!」
 瀬戸内海に橋を架けた日本人の技術には驚嘆します。海を渡ったかつての旅行とは視点が違います。

 眼下に塩飽諸島が見えます。(グーグルアースで「瀬戸大橋」を検索してみると、瀬戸内海には実にたくさんの島があることが実感できます)

 28の大小の島々からなる塩飽諸島は、古代から海上交通の要衝で操船に長けた島民が住んでいました。戦国時代には塩飽水軍として知られ、秀吉の時代には大阪から九州への派兵の手段として活躍しました。江戸時代には、幕府から自治領として認められていました。

 ところで、私はまだ司馬遼太郎さんの「菜の花の沖」を読んでいます。淡路島出身の高田屋嘉兵衛の生涯を描いた小説です。
 小説の中に塩飽諸島の船乗りの話が出てきてひどく心惹かれるものがありました。

 多度津の沖には、塩飽諸島が、小餅をまいたように散らばっている。昔から今にいたるまで日本でもっともすぐれた船乗りを出してきたこの諸島がそばにあるというだけでも、多度津は海港としてめぐまれていた。沖船頭や水主にうち20人に1人は塩飽の出身ではあるまいか。
 大坂、兵庫とのあいだは、寄港船をふくめ、荷船、乗合船が、日にかぞえきれないほどに往来する。
「多度津なら、隣り町へゆくより楽じゃ」
と、兵庫あたりではいわれていた。(菜の花の沖2 司馬遼太郎 文春文庫)


 高田屋嘉兵衛は、幕臣近藤重蔵から、北海道の根室から国後島への海路を開くことを命ぜられます。

 ここまでやってくるについて、船は、宜温丸だけでなく、ネモロに繋いであったいま一艘の官船も同行してきている。重蔵は、その船で帰る。
 その官船には、嘉兵衛の郷里、淡路の属島である沼島の水主が数人乗っていた。
 瀬戸内海の塩飽の島々の水主と、淡路のそばの沼島の水主が日本一の船乗りであることは、世に知られていた。幕府はのちのち官船による蝦夷地への航海を確立するために、塩飽や沼島から人を雇い入れていたが、重蔵としては、この際、沼島を嘉兵衛の宜温丸に乗組ませることに決めた。それによって官船が手不足になるため、宜温丸の乗組員の一部と交替させる。
「沼島の者どもは、今後もこのあたりで官船を漕運する。そのため嘉兵衛が見つける潮路をおぼえさせておきたいのだ」
 と、いった。(菜の花の沖4 司馬遼太郎 文春文庫)


 眼下の島々を縫うように大小の船の白い航跡が幾筋も青い海に鮮やかにのびています。これまでなら、奇麗だなあ、のどかだなあ、と眺めているだけだったでしょう。
 司馬遼太郎さんの小説で、穏やかに見える瀬戸内の海が実は、島が潮の流れを堰とめる役割をしたり逆流を呼び込んだりして複雑に入り乱れることを知ったばかりでした。操船の技術や経験による知識に畏敬の念を覚えます。

 瀬戸大橋を渡り切るとそこはもう四国です。
 四国の中央部、ちょうどくびれた部分を汽車は南下していきます。汽車は、四国山地を真っ直ぐに、迷う事なくトンネルの中を突き抜けて高知を目指して走ります。
 土佐藩を脱藩する際に難渋して四国の山中を越えた坂本龍馬が知ったら何というのでしょう。
 長女と同様に
「やるなあ、日本人!」と言ってくれるでしょうか。
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by h_with_the_wind | 2007-03-28 23:59 | 課外活動 | Comments(0)

旅の前夜

 明日から二泊三日の旅に出ます。
 夜になっての旅支度、いつからこんな風になってしまったのでしょう。

 ブログの更新、一日遅れ、二日遅れは毎度のことで、何の影響もないと思いつつ、行って参ります。
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by h_with_the_wind | 2007-03-27 23:03 | 課外活動 | Comments(4)

ランチ

一緒に子育てをした友人とランチをしました。いつもならご近所ランチですが、珍しくゆっくり時間がとれたので梅田まで遠征しました。

 子供が歩き始める前から毎日のように行き来していましたから、いつしか実家のことからおかずの中身まで知り合うようになっていました。
 当時は、少々窮屈なこともありましたが、その間に築いた関係がベースになっているので、何でも話せる間柄へと発展しました。
 今、娘たちは違う道を歩んでいます。そのために私たち母親の置かれた環境も微妙に異なります。

 おいしいランチと子供の話、それに少しの愚痴…ゆっくりできると思っていたのに、瞬く間に時間が過ぎてしまいました。
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by h_with_the_wind | 2007-02-19 23:59 | 課外活動 | Comments(5)
 昨日、次女とふたりで京都へ行きました。夕方には帰宅する慌ただしいお出掛けでしたが、効率よく遊ぶことができました。

 JR京都駅のパスターミナルで「京都市バス専用」の一日フリーチケットを買いました。市バスの均一区間内でしたら、大人500円、子供250円で一日乗り放題です。
 京都市内を「洛バス」という名の観光系統市バスが3ルート走っています。車体に大きく「洛バス」と書かれているので、観光客にもひと目で分かります。もちろん、フリーチケットで通常の市バスに乗ることも出来ます。
 私たちは、そのうちの100番、銀閣寺行きに乗りました。観光客のために運行しているようで、時々バス停を通過しています。停留所ごとに最寄りの観光スポットをテープで流して教えてくれます。

 他に京都観光一日(大人1200円)、二日乗車券カード(大人2000円)があります。こちらは地下鉄にも乗れます。バスの中でも扱っているようです。
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by h_with_the_wind | 2007-01-30 23:59 | 課外活動 | Comments(2)

ランチ

 このところ涼しくなったせいでしょうか。それとも雑誌の特集で秋の味覚を目にすることが増えたからでしょうか。朝から無性に甘いものが食べたくなりました。

 お昼時、近くのケーキ屋さんをのぞいてみました。簡単な食事もできるお店です。ドアを開けてびっくり。5つあるテーブルはすべて、若いお母さんのグループで満席。どのテーブルからも華やかな声が笑い声に混じって聞こえます。
 どうやら幼稚園のお弁当が始まったようです。長い夏休みの間、お母さんは休む間もなく子供の相手をしていたのでしょう。ご苦労様でした。園児は目が離せませんものね。ほんのひとときでしょうが、お喋りとランチでリフレッシュしてください。

 帰宅して冷蔵庫を開けた夫に、
「今朝、食べたいと言っていたケーキがもう冷蔵庫の中にある。こういう時の行動は速いなあ」と、呆れられました。
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by h_with_the_wind | 2006-09-06 21:57 | 課外活動 | Comments(2)