今日はどんな風が吹くのだろう。 日々の思いを書き留める雑文帳。

by 風懐

カテゴリ:課外活動( 245 )

成就院

 京都清水寺の成就院、名勝庭園「月の庭」が特別公開されています(11月18日から12月6日まで)。


 幕末、尊皇攘夷派の僧侶月照上人が住職だったことから西郷隆盛ら志士がここで密談を重ねたといわれます。
 安政の大獄で追われる身となった月照上人と西郷隆盛は薩摩へ逃れますが、薩摩藩は匿うことを拒否し、西郷に日向へ送る途中で切り捨てるよう命じます。月照は死を覚悟し、西郷も進退極まって、共に錦江湾に入水します。


 穏やかな秋の日、緋毛氈の敷かれた縁側に座って、美しく整った庭園を見ていると、激しく動いた時代にここで密談が交わされていたことなど想像もできません。


 ここでの写真撮影は厳禁です。
 撮影してしまった観光客が、係りの人から注意を受け、その場で消去を求められていました。



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 特別公開日以外は固く門が閉ざされています。
^O^/

遊びに来てくださって、ありがとう

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by H_with_the_wind | 2015-11-24 21:26 | 課外活動 | Comments(0)

ブロッコリーの木

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 どうしてもブロッコリーに見えます。
 ブロッコリーの木と命名しました(笑)。
^O^/

遊びに来てくださって、ありがとう

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by H_with_the_wind | 2015-11-17 15:42 | 課外活動 | Comments(0)

大阪こんな街

 ミナミで見つけたレンガ。

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 下水道汚泥をリサイクルして作られたレンガが道路にはめ込まれていました。
 「騒々しい街」ととるか「活気がある」ととるか(笑)。
^O^/

遊びに来てくださって、ありがとう

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by H_with_the_wind | 2015-11-07 19:20 | 課外活動 | Comments(0)

鹿

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 私が写真を撮る間、じっと座り込んでいた一頭の鹿。
 帰宅して写真を見たら、その目に私が写っていました。
 見られていたのね(笑)。
^O^/

遊びに来てくださって、ありがとう

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by H_with_the_wind | 2015-10-17 21:27 | 課外活動 | Comments(0)

望郷

 春日大社を出ようとして阿倍仲麻呂の歌碑を見つけました。

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 遣唐留学生阿倍仲麻呂公
        喜びも やがて悲しき望郷の歌

天の原 ふりさけ見れば
         春日なる 御蓋の山に
                 いでし月かも

                     古今和歌集 巻第九


 隣にこのうたの背景について解説がありました。

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 (奈良大学教授で天平グレート・ジャーニーの著者でもある上野誠先生の説が底本とのことです。天平グレート・ジャーニーについては、3年ほど前に記事にしています。コチラ→)


 1300年前、遣唐使として出発する際、ここ春日大社で旅の無事を祈ったそうです。
 百人一首では「三笠山」と書かれることが多いかと思いますが、歌碑では「御蓋山」と書かれています。まさに昨日の記事で触れた御蓋山浮雲峰遥拝所で旅の安全を祈願されたのでしょう。

 阿倍仲麻呂の望んだ帰朝は叶いませんでしたが、その歌は海も時代も楽々と越えています。
 阿倍仲麻呂以降、異国にあって帰朝を望んだ幾多の人々がこの歌を口にしたことでしょう。
^O^/

遊びに来てくださって、ありがとう

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by H_with_the_wind | 2015-10-16 19:26 | 課外活動 | Comments(2)

春日大社

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 全国に約1000社ある春日神社の総本社春日大社は、中臣氏(のちの藤原氏)の氏神を祀るために768年に創設されました。神紋の「下がり藤」が藤原氏を表しています。
 1871年(明治4年)に春日神社に改称し、官幣大社となりましたが、1946年(昭和21年)12月に現在の春日大社に改称しました。

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 武甕槌(タケミカヅチ)命は、雷神であり剣の神とも言われ、戦国時代の武将も好んで参拝しています。信者から奉納された春日大社の万燈籠の中には、直江兼続、宇喜多秀家、徳川綱吉、藤堂高虎の名前があります。

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 春日大社の東回廊北奥にある鳥居の向こうにはすぐに大木に覆われた山が始まっています。
 鳥居の手前に遥拝所があり、「御蓋山浮雲峰遥拝所」について書かれた案内板がありました。
 浮雲峰は、奈良時代の初め平城京守護のため武甕槌命様が白鹿の背にお乗りになり天降られた神跡、御蓋山の頂上です。以来、鹿は神使とされてきました。
 この遥拝所は、浮雲峰から春日大社の本殿を通り平城京大極殿まで続く神々様のお力が伝わる尾根線上にあるといいます。
 写真にもほのかな妖気が漂っているような気がします。
^O^/

遊びに来てくださって、ありがとう


春日大社で見かけた鹿
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by H_with_the_wind | 2015-10-15 21:31 | 課外活動 | Comments(0)

せやね

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 NARA is JAPAN …… せやね。
^O^/

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by H_with_the_wind | 2015-10-14 18:50 | 課外活動 | Comments(0)

飛脚便?

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 京都では今も飛脚が健在です!(笑)
^O^/

遊びに来てくださって、ありがとう

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by H_with_the_wind | 2015-10-03 22:17 | 課外活動 | Comments(0)

天橋立

 飛龍観から見たばかりの天橋立へ行きました。

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回旋橋から宮津湾方向を望む

 時代の感覚が麻痺してしまう風景です。


 日本海に面した宮津湾は、深く内陸に入り込んでいます。天橋立の砂州を挟んださらに内陸側は阿蘇海と呼ばれる内海(海跡湖)で、塩分濃度が外海の2/3程度になるそうです。

 天橋立は、阿蘇海に注ぐ野田川から流れ出る流砂と外海から流れ来る砂粒とがぶつかってできたと考えられています。約500年前に描かれた雪舟画の国宝天橋立図は現在よりも短いことから、雪舟の時代から今日までにも堆積が進んできたということがわかります。
 とはいえ、まだこの内海と外海を分ける砂州・天橋立でふたつの海は完全に分断されているわけではありません。ふたつの橋が架かっていました。天橋立駅から歩いて最初の橋は、回旋橋で、かつては人力で動いていたといいます。


 回旋橋の様子です。

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 美しい砂浜は侵食問題を抱え、立派な松林はマツクイムシの発生で全滅の危機に瀕したといいます。
 砂州は砂浜部分の養浜を行い、松林は害虫駆除の成果が出て小康状態を保っているそうです。
 そうした人たちの努力を知ると、昔から伝わる美しい風景の中に立つことができたのも、ひとつの奇跡に思えてきます。


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宮津湾に向かって

「白砂青松」とは、こういった景色のことを言うのだなあ、と実感しました。
^O^/

遊びに来てくださって、ありがとう

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by H_with_the_wind | 2015-09-28 19:40 | 課外活動 | Comments(0)

飛龍観から

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 昇龍に見えますか?
 
 飛龍観から股のぞきをすると、写真のように見えます!

 天と地を繋ぐ唯一の梯が倒れて天橋立になったという伝説が残っています。

^O^/

遊びに来てくださって、ありがとう


飛龍観について
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by H_with_the_wind | 2015-09-27 18:55 | 課外活動 | Comments(0)