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HAPPY HALLOWEEN

ここ数年、ハロウィーンが日本の行事として浸透してきました。アメリカからきたテーマパークが積極的に取り入れたこと、幼児対象の英語教室の普及と共に広がっていったこと、とニュースでは分析されていました。

 元々、ハロウィーンは、ケルト人の万聖節前夜のお祭りで、日本のお盆にあたる行事です。

 私は、映画「E・T」でハロウィーンについて知りました。
 ハロウィーンの日、主人公のエリオット少年は、E・Tを母船に帰そうとします。日が暮れようとする頃、子供たちだけでなく大人たちも仮装して街に出てくる中、ひとりの少年が母親から「うちには関係がない」と、言われるシーンがあります。映画を見ている人には、この家庭がユダヤ教だ、と判ります。

 日本人は、宗教行事に寛容です。お正月には神社に参り、教会で結婚式を挙げ、葬儀は仏式です。古来、日本人は万物に魂がある、と考えました。八百万の神、という言葉からわかるように、日本人にとって神様はひとりではありません。「神」に関して、自らの信仰とは別に頭を下げて敬うのが日本人です。
 ケルト人がどんな人たちなのかも知らないまま、ハロウィーンのお祭りを受け入れる、それも日本人の懐の深さなのかもしれません。
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by h_with_the_wind | 2006-10-31 22:11 | 季節の中で | Comments(0)

修学旅行のお土産

 次女が修学旅行のお土産を買ってきてくれました。家族全員に可愛い動物のストラップです。それと父方のおじいちゃん家と母方のおじいちゃん家にお菓子を買いました。長女がおじいちゃんたちにお土産を買ってきたのを見ていたからです。

 高校生の長女と小学生の次女ではお小遣いの額が違います。次女は、自宅にもお菓子を買いたかったようですが、おじいちゃんたちの分を買ってしまうと自宅用のお菓子は買えなかったそうです。
 次女が修学旅行に出掛ける前に、よっぽど
「お小遣いの額が決まっているのだから、おじいちゃんたちの分はいいよ」と、声を掛けようかと思いました。でも、余計なことを言わなくて良かった、と思っています。

 自分は少し我慢してでも誰かに何かをしたい、伝えたい、という次女の思い、長女の真似をして少し「大人」の気分を味わいたい、という背伸び、大切にしたいからです。
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by h_with_the_wind | 2006-10-31 07:16 | 家族 | Comments(0)

世界史未履修

 パンドラの箱が開いてしまったようです。全国の高校で明るみに出た世界史未履修問題は、どこに着地するのでしょう。

 要領よく有名大学に受かった人たちが、将来、日本の牽引力になって行くのかと思うと、ぞっとします。

 できるなら最短距離で目標を達成したい、と思うのは誰しも同じです。でも、社会に出ると、愚直に日々の些事をこなし、我慢しなければならないことがたくさんあります。
 そういったことを踏まえて、最短距離を行こうとする者たちに、回り道を示すのが教師や親といった大人の役割です。校長先生の年代には、要領よく生きるためには手段を選ばなくても許されたのでしょうか。

追記 個人的には、高校の授業の世界史には不満でした。だって西洋史だったんですもの。中国の歴史やマヤ文明は、学校の外で学びました。

追追記 学習指導要領って、そんなにエライのでしょうか。受験の現実に即していない、と声を挙げることはできなかったのでしょうか。
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by h_with_the_wind | 2006-10-30 22:07 | 社会科 | Comments(0)

修学旅行

 今月、ふたりの娘たちが相次いで修学旅行に出掛けました。
「最後の修学旅行が終わった」と、帰宅した長女が言いました。
「えっ、大学では修学旅行がないの?」と、次女がびっくりして問い返します。
 そうか、修学旅行ってどんなに頑張っても生涯に3回しかないんですね。そんな風に考えたこと、ありませんでした。

 ふたり共、修学旅行をとても楽しんできました。帰宅してから饒舌で、口を開けば旅行の話です。これだけ満足してくれるなんて思ってもいませんでした。話の中で、日頃あまり聞かない友達の名前がいっぱい出てきました。クラスメートの意外な面を知るきっかけになったようです。

 修学旅行無用論が出ている昨今、純粋にクラスメートと過ごした日を「楽しかった」と言える子供を目の当たりにすると、修学旅行もいいものだ、と思います。
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by h_with_the_wind | 2006-10-29 22:09 | 家族 | Comments(0)

正倉院展

 司馬遼太郎記念館を後にして、その足で奈良の正倉院展に行ってきました。独身時代には毎年、母と正倉院展に出掛けるのを楽しみにしていました。

 今年は、聖武天皇ゆかりの品が多く展示されています。国分寺、国分尼寺建立の詔、忘れていた日本史を思い出します。
 ローマ彫刻を彷彿とさせる躍動感あふれる戌と亥の彫像「白石鎮子(戌・亥)(大理石のレリーフ)」は、スキタイの影響を受けているのでしょうか。
 緑瑠璃十二曲長坏。ガラスは私の好きな正倉院御物のひとつです。金属は腐食するけれど、ガラスは永遠の光を伝えてくれます。はるかな昔、この美しい坏には注がれた飲み物へと思いが飛躍します。
 金銅水瓶(みずさし)の注ぎ口は、鳳凰でしょうか。胴と注ぎ口をつなぐラインがとてもきれいです。精巧で美しい御物との出会いが豊かな気持ちにさせてくれました。

 正倉院展に再び出掛けることができたのも、子育てが一段落した証でしょうか。
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by h_with_the_wind | 2006-10-29 07:19 | 社会科 | Comments(0)

竜馬がゆく

 司馬遼太郎記念館には、一度行ってみたい、と思っていました。ようやくその思いがかないました。
 学生時代、司馬遼太郎さんの歴史小説と出会い、学校で習う歴史とは違う視点に面白味を覚えました。司馬さんの手に掛かると、歴史上の人物が皆、血の通った人間として私の前に現れます。歴史上、「裏切り」や「非情」と理解されていた行動、あるいは伝えられていた人物でさえ、丹念な筆致と優しい視線で「そうせざるを得なかった」理由が解き明かされます。

 秋晴れの気持ちのいい日です。
 駅から布施高校に沿って歩きました。司馬遼太郎さんの暮らした街を歩くことに不思議を感じます。
 5月から開催されていた企画展「竜馬がゆくーーその軌跡をゆく」が今月29日で終わります。なかなか足を運ぶ機会に恵まれませんでしたが、滑り込みで間に合いました。

 お庭から司馬遼太郎さんの書斎を拝見した後、住居のお隣に建てられた記念館へと進みます。
 一歩館内に入って息を呑みました。壁面を埋める本の量に圧倒されました。司馬遼太郎さんの作品が多いことは誰しも認めるところですが、その為の資料が4万冊もあるということです。図書館も顔負けするくらいの蔵書量であり、充実しています。未完の遺作の為には660冊の資料がそろえられていたと言います。

 日本人の好きな歴史上の人物上位に必ず入る坂本竜馬。その人の魅力を巷に広めたのは、「竜馬がゆく」ではないでしょうか。ハードカバーで全五巻、文庫本だと八巻にもなります。竜馬がゆく、の執筆に際しては、神田の古書街から坂本竜馬に関する資料が全て消えたそうです。

 ビデオでお元気な司馬遼太郎さんと再会し、坂本竜馬が旅した足跡を追った展示を拝見しました。
 と、係の方が声を掛けてくださいました。
「ちょっとあそこをごらんください」
指で示された天井に近いコンクリートの壁には、逆さまになった人の肩から上の部分を思わせるシミが浮き出ています。その形がまさに坂本竜馬なのです。週刊誌にも紹介されたこのシミは、建築上はあり得ないことだそうです。
 司馬遼太郎さんの記念館を見守る坂本竜馬。ユーモラスな不思議に思わず笑ってしまいました。
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by h_with_the_wind | 2006-10-28 17:07 | 本の話 | Comments(0)

エカチェリーナ二世

 昨夜、エカチェリーナ二世をテーマにしたテレビ番組がありました。

 うーーーん、番組の予告を見た時からひとりで唸っています。
 今年のゴールデンウイークに娘たちを連れて家族で行こうとしていたペテルブルグが舞台です。パスポートも取って旅行会社に予約もいれました。でも、希望した帰りの飛行機が取れなくて諦めざるをえませんでした。

 ロシアがまだソ連という国名だった時代に、私は両親と初めての海外旅行でソ連の古都レニングラードへ旅行しました。この街は、ロシア革命を機にピョートルの街を意味する「ペテルブルグ」からレーニンの街を意味する「レニングラード」に名前が変わりました。ソ連の崩壊に伴ってレーニンの像が倒される姿が象徴的にテレビで放映されましたが、これを機に街の名前も再びペテルブルグに戻されました。

 レニングラードは、ピョートル大帝のほとんど気まぐれともいえる「ここに街を造る」のひと言で、寒気厳しい泥沼地に忽然とあらわれた街です。
 この街でチャイコフスキーの「白鳥の湖」が、ドストエフスキーの「罪と罰」が、生まれました。そして、エカチェリーナ二世がエルミタージユを造りました。
 やがて、豪奢な貴族の生活と貧困にあえぐ農奴の生活のひずみがロシア革命を呼び起こしました。

 レニングラードは、ロシア革命で劇的な変化を遂げた街ですが、同時に古い時代の面影を残しています。そのことが当時の私にとっては驚異でした。
 エルミタージユ美術館を入った瞬間の度肝を抜かれる装飾、イサーク寺院の黄金の屋根、陰鬱なペテロパヴロフスク要塞、青銅の騎士像。
 そして、描写が精確だと言われるドストエフスキーの小説の中に登場する街のたたずまいが、そのまま残っていました。

 街の雰囲気はそこへ行かなければわかりません。
 私は、娘たちが成長したら、是非この街へ私の手で連れて行きたい、と決めていました。日本とはまったく違った街を体感して欲しい、と思いました。

 この春、行くことが叶わず、その後の諸事情を勘案すると、行けなかったのは「まだその時期ではなかったのだ」、と『すっぱい葡萄』の論理で納得したはずでした。
 それが、いきなりテレビ放映されると知って、また心がざわつきます。テレビの小さな画面を通してでも見たいような、やっぱり見たくないような、複雑な気持ちです。
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by h_with_the_wind | 2006-10-27 07:10 | 思い出話 | Comments(0)

黒豆

 親友からの贈り物丹波の黒枝豆、半分は酒のつまみで枝豆にしました。今日は、残りの半分で黒豆を煮ました。

 お正月用でもなく他所様に持っていくものでもないので、すっかり我流です。昔から古釘を一緒にいれると奇麗に仕上がる、といいますが、その「古釘」が手元にありません。これも時代でしょうか。
 灰汁をとって、砂糖と塩だけでコトコトと煮ます。台所に甘い香りが漂います。お米を洗う前に仕掛けて、弱火でただじっくりと煮ます。食事の支度が整う頃には、煮汁がなくなってきました。あとひと息。この最後のひと息が待ちきれません。ぐっと我慢して、出来上がり。

 我流の黒豆は、見た目はいまいちでも、私好みに仕上がりました。
 いただきまーす。
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by h_with_the_wind | 2006-10-25 18:34 | 家庭科(含子育て) | Comments(0)

宙船(そらふね)

 娘とデートした時に買ったTOKIOのアルバムを聴いています。これまでTOKIOの歌は、サビの部分くらいしか知らなかったのですが、アルバムとしてちゃんと向き合って聴いてみるといいですね。

 このアルバムを買いたいと思うきっかけになったテレビドラマ「マイ★ボス、マイ★ヒーロー」の主題歌「宙船(そらふね)」をじっくり聴きました。
 TOKIOはジャニーズとしては珍しいバンド編成のグループだけあって、中島みゆきの曲に負けていません。TOKIOとの出会いが新鮮で、意外な拾い物をした気分です。
 今日もキッチンで「宙船(そらふね)」を流しています。「みゆきワールド」が広がります。私の人生の応援歌がひとつ増えました。
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by h_with_the_wind | 2006-10-25 18:32 | 芸術 | Comments(0)

思春期

 思春期の反抗期は、心がトゲトゲしています。
 口を出る言葉もそれとは知らず針がいっぱいです。
 気分がコロコロ変わります。
 常に緊張して張りつめているからでしょうか。

 まだまだ世界の中心は、自分自身です。
 隣の人の世界の中心は、隣の人です。
 そんなことわかっているのかいないのか。

 川に流される石のように、
 いろんな人とぶつかって心が丸くなってゆくのでしょうね。

 あなたももがき苦しんでいるかもしれない。
 でも、あなたの放つ矢で周りの人も傷ついています。

 かつての私がそうだったように。
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by h_with_the_wind | 2006-10-24 22:29 | 家族 | Comments(0)