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若衆宿(組)

 江戸時代の淡路島には「若衆宿」という組織があったそうです。
 成人した独身の若者(15歳くらいの男子を指しますが、年齢による線引きは厳密ではないようです)は、地域の若衆宿に入らなければなりません。昼間は、働きに出ますが、夜になると若衆宿に帰って共同生活をします。
 若衆頭を長として、村の祭礼を運営することを大人たちから任され、海難や山火事の際には救助の為に働きます。
 若者は、婚姻によって「若衆宿」を出ると、大人社会に入っていきます。

 婚姻は、通い婚です。娘の元に若者が通ってきて、やがて身ごもると自然に夫婦になります。
 娘の元に通う若者が、単数であることのほうがむしろめずらしく、一人の娘に、何人かの若者が通います。身ごもった時は、その子の父となる者に対する指名権は娘がもち、指名された若者は責任をもって娘を嫁にします。
 すべて、村の中の了解事項ですから、親が亡くなっても子供は村で責任をもって面倒をみます。

 こうした背景から、単独行動は嫌われ、「連(つれ)」でものを考え、行動する体質がうまれたのでしょう。

 「若衆宿」と同様の風習は、ポリネシア民族の間では今でも続いているそうです。中国や朝鮮にはありません。また、東日本に少なく西日本に多いといいます。その西日本でも漁村に多いことから、日本人が海流に乗ってやってきたルーツのひとつといえるでしょう。

 そんなことが、司馬遼太郎さんの「菜の花の沖」に書かれています。
 主人公の高田屋嘉兵衛は、ひとりで考えて行動するタイプの人でしたから、「連」というふしぎな人間関係の猥雑さを嫌いました。が、後に、日本という世間のすべてがそうであることを知って驚きます。
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by h_with_the_wind | 2007-02-28 23:59 | 本の話 | Comments(2)

24(Twenty Four)

 アメリカのテレビドラマ「24」シリーズVを借りてきました。これまでのシリーズを見た経験上、一旦スタートすると止まらなくなることがわかっていたので、ずっと我慢していました。

 冒頭からもうだめです。スピード感溢れるストーリー展開に釘付けです。ひと時も目が離せません。

 「24」後遺症の辛いところは、英語のシャワーを浴びているうちに、すっかり英語が喋れるつもりになってしまうことです。ええ、頭に残っているのは、
「Put on your hands!」だったり
「Copy!」だったり…とても日常会話で役に立ちそうにない言葉ですが…
電話が鳴ると、思わず
「O'brian! CTU in Los Angeles」なんて名乗ってしまいそうです。

 ああ、Jackが帰ってきました。いえ、夫です。Jackって誰?
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by h_with_the_wind | 2007-02-27 23:59 | 芸術 | Comments(5)

深紅

 野沢尚さんの「深紅」を読みました。楽貧まこさんのブログでこの小説のことを知って、読んでみたい、と思いました。
 一気に読んだものの、テーマが重くて読後感が書けずにいました。

 冒頭、小学6年生の奏子が、修学旅行先から担任教師に付き添われて家族の元へ帰るまでの4時間が克明に書かれています。奏子は、突然自分を襲った異常事態の全容を知らされないままに、置かれた状況を全身で受け止め、研ぎすまされた五感で家族の元に帰るまでを「記憶しておこう」と決めます。
 緊迫感に満ちた展開にぐんぐん引き込まれてしまいました。

 家族を失ったもののそれなりに穏やかな生活を取り戻した奏子を、冒頭で描写された4時間がフラッシュバックとなって襲います。
 「被害者の家族」奏子、同じ年齢の「加害者の娘」未歩。ふたりは、事件によって深く傷つき、トラウマを抱えて生きていかなければなりません。奏子は、事件の後、定期的に心療内科に通います。では、未歩はどうでしょう。この小説では何も書かれていません。おそらくケアされることなく成長していったのでしょう。

 「心のケア」という言葉が頻繁に聞かれるようになりました。きっかけは、阪神・淡路大震災でしょうか。
 心に傷を持たない人はいません。人間の脳は、本能的に自分に都合の悪いことは忘れようとする、と聞いたことがあります。だけど、忘れたくても忘れられない記憶。思い出したくないのに、突然、思い出してしまう嫌な思い出。大なり小なり誰にでもあるのではないでしょうか。

 「心のケア」「マインド・コントロール」「心の闇」…
 人間が人間であるが故に抱える悩みが、本人の人生や周囲の人に大きな影を投げかけることがあります。
 特別な体験をした人のためでなく、カウンセラーの養成、配置の義務化といったことだけでなく、誰もが基本的な常識として「心のケア」が出来る必要に迫られているような気がします。
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by h_with_the_wind | 2007-02-26 23:59 | 本の話 | Comments(6)

犬の耳

 またやっちゃった。犬の耳…。
 本のページの隅を折ることを、その形からとって「犬の耳」って、言います。

 私は、絶対に本のページを折るなんてことしませんでした。教科書以外の本に書き込みやラインを引いたこともありません。ハードカバーならしおりさえ使うことをしませんでした。
 書き留めておきたいことは、その時々にメモをとるか、しおりをはさんでおいてあとから後からノートに書き写していたものです。

 なのに、いつの頃からか「犬の耳」…
 娘に嫌われて付箋をつかうように、と注意される始末です。
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by h_with_the_wind | 2007-02-25 23:59 | わたし | Comments(4)

赤福餅

 10月に次女が修学旅行に行きました。家族全員にストラップを、父方と母方の祖父母にそれぞれお菓子をお土産に買ってきてくれました。
 次女は、更に友達と一緒に「赤福餅」を買うつもりでいましたが、お小遣いが足りなくなってしまいました。

 「今度、お父さんの車で一緒に行って、赤福餅を買おうね」と、次女は修学旅行から帰ってくるなり言いました。
 大人にしてみれば、JR大阪駅でもデパートの地下でも買えるお菓子です。
 だけど、すぐに買うことはしませんでした。次女が欲しいものを我慢して、家族や祖父母に見せてくれた思いやりを大切にしたかったからです。

 先日、偶然に入った高速道路のサービスエリアで「赤福餅」を見つけました。
「買おうか」と、声を掛けると、次女の顔が輝きました。一番小さな箱の赤福餅をひとつ買いました。
 買ったばかりの赤福餅を次女は、そおっと持っています。

 修学旅行先のお土産屋さんが子供たちに
「真っ直ぐに持って帰りや」と、注意されたそうです。
 声を掛けてもらった友達は、言われた通り赤福餅の箱を大事に抱えてバスに戻り、バスが動いてもしばらくはじっと膝の上に置いていたそうです。
 次女は、やがて友達が我慢できなくなって、「もういいわ」と、諦めていく姿までを克明に話してくれました。

 今でも心に残っていたのです。
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by h_with_the_wind | 2007-02-24 23:59 | 家族 | Comments(0)

Wikipedia 

 アメリカのバーモント州にある名門ミドルベリー大学史学部では、テストやレポートでWeb百科事典Wikipediaの使用を禁止したそうです。

 Wikipediaは、インターネットならではの試みです。従来の百科事典がその道のプロによって書かれていたのに対して、誰もが作成、加筆・訂正、閲覧できる百科事典だからです。つまり不特定多数のユーザーの目があるので、暴走しそうになっても、すぐに訂正、削除されていきます。
 とはいってもリアルタイムでの訂正というわけにもいきませんから、必ずしもそれが信用出来る情報と捉えるのは危険でしょう。

 Wikipediaには、私もいつもお世話になっています。ことにブログを書くようになって、確認のために参照させてもらっています。
 また、高校生の長女もレポートを書く際にはかなり便利なツールとして利用しています。何しろ調べたい単語を入力するだけで、ポン、と答えてくれます。更にその文中で不明なことが出てきてもちゃんとリンクが張ってあります。

 高校レベルのレポートでは、書物の百科事典の要約もあり得るでしょう。だからそれがインターネットに代わっただけだと解釈してもいいのかもしれません。
 でも、割り切ったつもりでも、何だか一方で納得し難いものも共存しています。

 今回のミドルベリー大学の措置がどんな展開を見せるのか注目したいと思います。

 追記 日本史のテストで共通の間違いをたどったところ、Wikipedia(英語版)の「島原の乱」をめぐる記述にたどり着いたことが措置導入の一つのきっかけになったのだそうです。
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by h_with_the_wind | 2007-02-23 22:49 | 社会科 | Comments(0)

高田屋嘉兵衛

 高田屋嘉兵衛を知っていますか。
 函館に街を見下ろすようにして大きな嘉兵衛象が立っています。函館では、大火の際の復興に尽力した人、街の近代化に尽くした人として語り継がれています。
 日露関係史ではゴローニン事件に登場します。

 江戸時代、淡路島の貧家に生まれた嘉兵衛は、ねじれたといってもいいほど複雑な青少年期を送りました。閉ざされた「ムラ社会」は、彼には窮屈すぎたようです。
 やがて海に漕ぎ出し、蝦夷に活路を見出して冒頭のような功績を残します。

 司馬遼太郎さんの「菜の花の沖」を読み始めました。主人公は高田屋嘉兵衛です。
 まだ読み始めたばかりなのに取り上げたのは、司馬遼太郎さんの筆致に圧倒されたからです。文庫本で全6巻のうち1巻の百数十ページを読んだだけですが、当時の嘉兵衛を取り巻くムラの様子が手に取るように判ります。

 江戸幕府は、儒教の教えを基盤にして国の秩序を作りました。徳川幕府が300年近く安定していたのもこうした基盤があってこそです。
 とはいえ、儒教は日本の隅々まで必行き渡っていたとはいえません。村にはその村の秩序がありました。

 そんなことを「菜の花の沖」を読み進めながら、私自身のメモのために、折に触れ書き留めておきたいと思います。
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by h_with_the_wind | 2007-02-22 23:59 | 本の話 | Comments(0)

バブル時代

 先日、娘たちが熱心にテレビを見ていました。テレビでは「バブル時代」がいかに楽しかったかという話で盛り上がっていました。

 「アッシー君がいて、ミツグ君がいて…」
 「デートに行けばバッグは持ってくれるし、飲みに行ったら帰りのタクシー代はひと桁多く貰える…」
 そんな良き(?)思い出話です。

 娘たちふたりは、それを見て
「いいなあ、バブル時代が良かった〜」と、吐息をついています。

 その頃に結婚した私は、物価高に泣き子育てに忙殺されていたので、バブル時代の華やかな面とは無縁な生活をしていました。
 周りを見ても、都心の一等地に実家のある友人は地上げに泣いていましたし、友達のご主人は連日のお付き合いで心身ともに疲労し切っていました。

 映画「ALL WAYS 三丁目の夕日」が公開された時、ノスタルジーだけをとりあげたとの批判がありましたが、若い世代は「昭和」に憧れを抱いたようです。
 同じように、バブル時代の華やかな部分だけクローズアップされると、歪んだ情報が次世代に流れていくようで危ういものを感じます。
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by h_with_the_wind | 2007-02-21 23:59 | 社会科 | Comments(0)

カウントダウン

 次女の小学生最後の参観日でした。

 ひとりづつ前に出て「6年生の思い出」と題した作文を読んでくれました。1学期の発表に比べて、どの子も落ち着いて大きな声で発表できるようになりました。人前で話をすること、自分の意見を述べることに力を入れてくださった成果でしょう。
 そんな成長を見る機会を得たことを嬉しく思うと同時に、どの子も背が伸びて一段とたくましくなったな、と感心しました。早くも変声期の兆しを見せる男の子もいます。

 今回の授業参観は、私にとっても長女から数えて11年目にして最後です。姉妹が同時に小学生だったのは、姉が6年生で妹が1年生だった1年間だけでした。姉の授業を半分で抜け出して妹の教室まで走った経験もその1年間だけです。おかげで授業参観に行く時は、いつも落ち着いて見せてもらえました。

 小学校独特の雰囲気と触れられるのもあと僅かとなりました。
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by h_with_the_wind | 2007-02-20 23:59 | 家庭科(含子育て) | Comments(0)

ランチ

一緒に子育てをした友人とランチをしました。いつもならご近所ランチですが、珍しくゆっくり時間がとれたので梅田まで遠征しました。

 子供が歩き始める前から毎日のように行き来していましたから、いつしか実家のことからおかずの中身まで知り合うようになっていました。
 当時は、少々窮屈なこともありましたが、その間に築いた関係がベースになっているので、何でも話せる間柄へと発展しました。
 今、娘たちは違う道を歩んでいます。そのために私たち母親の置かれた環境も微妙に異なります。

 おいしいランチと子供の話、それに少しの愚痴…ゆっくりできると思っていたのに、瞬く間に時間が過ぎてしまいました。
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by h_with_the_wind | 2007-02-19 23:59 | 課外活動 | Comments(5)