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伝えたいこと

 日々の雑感を書き留めておきたいと思ったこと、いつか娘たちに私の感じたことや経験したことを伝えたいと願ったことをきっかけにこのブログを始めました。

 母と娘。この世にたくさんの母と娘がいます。
 いつも真剣にディスカッションする人たちもいるでしょう。肝心のことには触れないで接する人たちもいるでしょう。

 我が娘たちは、親の意見を真摯に聞くにはまだ時間が必要ではないかと思います。私もかつては、ティーンエイジャーの娘だったからよくわかります。
 あるいはいつか人生について語り合える日が来るかもしれません。だけど、もしかしたらきっかけを失ってしまうかもしれません。

 私が風になってからでもいい、いや、その方がいいかもしれません。面と向かって語るには、照れくさいものね。
 思いつくままに勝手なことを書きなぐっています。それに対していろんな意見があることがわかるのはブログの素敵な面です。

 いつか読んでくれるかな?
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by h_with_the_wind | 2009-04-30 23:59 | わたし | Comments(2)
 長女と次女の年齢は学年で5つ離れています。長女の友達のお母さんと次女の友達のお母さんの間には、はっきりとした違いがありました。長女の友達のお母さんのほとんどは専業主婦だったのに対して、次女の友達のお母さんは圧倒的に何らかの形で仕事を持っているお母さんが多かったことです。ちょっとした時代の差なのかもしれません。

 人は誰でもひとつの道しか歩めません。ついこの間「夜空ムコウ」と題してそのことについて書きました。

 自分で選択できることとそうではないこと、諸事情で「思い描いていた人生」とは違う道を歩まざるを得ないことも多々あることでしょう。

 幸いなことに私は、自分の思っていた通りに娘たちを自分の手で育てることができました。
 子供が成長の過程をつぶさに観察できました。できるようになったことを共に喜び、おやつに頭を悩ませ、どんな風に食事をするのか、眠たくなった合図は何か…。ひとつひとつ手探りで体験したことは、私にとって何にも勝る経験だったと思い起こされます。
 汚されてもいいようにいつもワンパターンのTシャツとパンツ。髪はショートカットか束ねられるようにしたロングの二者択一。出掛ける先は主にスーパーと公園、時々病院。それまで日焼けには気を使って過ごしてきたのに、子育ての時期は全く気にしていませんでした。
 たまにスーツを着て出かけることになったら、お化粧が浮いてしまう、靴は入らない、大いに慌てました。

 先日、常に第一線で働いてきたお母さんが
「私は、自分の子供がどんな風におやつを食べたのか知らないままだ…」と、言われました。彼女には、充分なキャリアと(嫌な言い方ですが)年金が保障されているというのに。
 私には、眩しいほどに素敵な女性から思いもかけない発言を聞いて、虚をつかれました。

 手に入れられなかったものについて思い至るようになったのは、お互いに子育てがひと息ついた証でしょう。どんな道を歩いても後悔はつきものかと思います。これからをどんな風に歩いて行くかで解消していかれればと思います。
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by h_with_the_wind | 2009-04-29 23:59 | 家庭科(含子育て) | Comments(0)

待機児童

 働きに出たくても幼い子供を預かってくれる保育園が見つからない。都市部では、待機児童の数が相変わらず多いそうです。就職するためには保育園に通っていることが条件で、保育園に預けようとすると働いている人が優先だと言われるそうです。

 世界で初めて社会主義を実現したソ連では、生産手段を共有し管理することによって平等な社会を実現しようとしていました。
学校を卒業したら年金生活に入るまで、男も女も外で働いていました。工場で働く人もパン屋さんも大学の先生もすべての職業は国家公務員で、収入にも大きな格差はありませんでした。

 ソ連の夫婦に子供が産まれると時を経ずして女性は元の職場に戻り、赤ちゃんは保育園に入ります。赤ちゃんは皆のもの社会のものですから、平等に育てられます。
 働くお母さんの視点で見ると、ポジションが保障された職場復帰と安心して預けられる保育所の存在は、夢のような制度と言っていいでしょう。

 そんなソ連の女性が日本の専業主婦の話を聞いて
「赤ちゃんと共にいて、自ら育てることができるなんて素晴しい!」と、羨ましがったそうです。

 社会主義体制は文章にすると弱者に優しい素晴らしい社会に見えますが、人間としての本来の姿、感情とか夢とかエゴを封じ込めなければ成立しません。
 待機児童はいないけれど、自分の手で赤ちゃんを育てる自由もない世界には暮らしたくないものです。
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by h_with_the_wind | 2009-04-28 23:59 | 家庭科(含子育て) | Comments(0)

ママ友

 「ママ友」という言葉、なぜかあまり好きになれません。
 どうしてだろう、とネットで「ママ友」を検索してみたところ、複数の次候補検索単語が出てきました。
 曰く、「トラブル」「疲れる」「付き合い」「できない」「いない」「悩み」「苦手」「募集」「自慢」…。ひえー、友達は欲しいけれど、できたらできたで大変みたいです。

 「ママ友」で検索して、下記のような定義を見つけました。

妊娠中の母親学級に始まり、子供が歩けるようになったら公園デビュー、さらには幼稚園、保育園、そして小学校に上がればPTAからお稽古ごとまで、あらゆる場面で母親同士が顔を合わせることになる。子供の成長とともに続いて行く長い付き合いで、公園デビューあたりの最初が肝心とよくいわれている。公園デビューでは、子供の積極性、母親の年齢、教員資格の有無などで暗黙のうちに序列が決まり、それを守らないと「リストラ」されてしまうこともあるという。「ママ友のおきて」としては、人のしつけや育児法を批判しない、子供同士を競わせない、派閥争いには荷担しない、合わない人とは無理して付き合わない、などがあげられる。Yahoo!辞書「新語探検」より

 何だかねえ。こうやって定義づけされると、現実以上に厳しい世界に見えて、やりきれなくなってしまいます。

 私の「ママ友」に対して無意識に感じる嫌悪感には、甘やかな言葉の内に「序列」が見え隠れするからかもしれません。だって、友達にわざわざ「ママ」をつけること自体何だか特別意識を感じてしまいます。

 ただ私にも覚えがあります。
 長女よりも大きな子供を持つお母さんと友達になっていろいろ教えてもらっていたのに、私の方が年上だとわかった途端に敬語を使われてしまって戸惑ったこと。
 学歴がビミョウな影を落とした体験談を耳にしたこと。
 教員資格の有無…。うーむ。関係あるのか?

 だけど、子供を通して気の合う友達と出会うことができれば、こんなに心強いことはありません。何しろ、お互いに家庭の事情も子供のことも知った上でのお付き合いですもの。
 私も子供が幼い頃には、おかずを分け合う友達といつも助けあっていました。そんな彼女たちのことをわざわざ「ママ友」とは呼びません。「私の友達」です。
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by h_with_the_wind | 2009-04-27 23:59 | 家庭科(含子育て) | Comments(8)

図書館

 次女が市立図書館に行きたい、というのでついて行きました。
 普段、私は市の図書館を利用することはありませんが、娘たちは学校の帰りによく寄ってきます。一般書だけでなく、漫画やCD、楽譜も置いているので限られたおこずかいで遣り繰りしている娘たちにはとてもありがたい存在です。

 学校の図書館は、私の好きな場所でした。
 小学校に入学して学校探検で初めて図書館に入った時、世の中にこんなにたくさんの本があるのか、と感激しました。それまでは「町の本屋さん」しか知りませんでしたから。
 中学や高校時代は、ひとりになりたい休み時間を図書館で過ごしていました。

 娘について行った休日の市立図書館は、思ったよりも年配の人が多くて驚きました。
 たくさんの人がいるのに、静かな時間がゆっくりと流れているのを肌で感じます。この雰囲気、やっぱり落ち着きます。
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by h_with_the_wind | 2009-04-26 23:59 | Comments(8)

雨…

 昨夜から降り始めた雨が、あがったかと思えばまた降るを繰り返しています。
 どんよりとした空をながめていると、どんどん季節の感覚がなくなっていきます。ついこの間桜が咲いたと華やかな気持ちになっていたのに、まるで冬に向かっているかのような錯覚をおこします。
 曇天は寒気をもよびこんだのか、じっとしていると背中のあたりがぞくりとします。

 今、じっと我慢していたらゴールデンウイークには、晴れるでしょうか。
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by h_with_the_wind | 2009-04-25 23:59 | Comments(0)

読むぞおーーー

 少しだけ気持に余裕ができたのか、本を読みた~い病です。
 長編小説を読んでひとつの世界にどっぷり浸りたくなりました。

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 さて、本のタイトルはなんでしょうか。

ヒント1 6冊合わせて高さ15㎝
ヒント2 最初の小説から18年後、ようやく続編がでました。

 時間をかけてじっくり読みます。
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by h_with_the_wind | 2009-04-24 23:59 | 本の話 | Comments(2)

夜空のムコウ

 長女と一緒に歌えた最初の『流行歌』が「夜空のムコウ」でした。小学生の娘と一緒に歌えることに、こそばゆいような嬉しさを感じました。
 いい歌です。今でも大好きな歌です。いつだったか義母も長女と一緒に歌っていました。

 次女と一緒に歌った最初の『流行歌』は、「世界に一つだけの花」でした。
その頃にはSMAPは日本中の人に支持されるグループとなっていました。この新曲は、小学校の先生がわざわざ楽譜を用意して音楽の時間にも歌ったそうです。

 学問の自由、職業選択の自由が保障されている今の日本では、将来の選択肢は無限に近くあるかのように見えます。でも、どんなに選択肢があったとしても生きていく道はひととおりでしかあり得ません。

 いつだったか、SMAP最年少の香取慎吾さんが、
「小学生の時からSMAPだった…」と、語っていました。それ以外の生き方は想像の域を出ないのだそうです。
 小学生の時からSMAPって、どんな感じなのでしょう。常に人から見られている、老若男女に支持される、親子の思い出になっている…、私の貧困な想像力は、夜空に吸い込まれていくかのようです。
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by h_with_the_wind | 2009-04-23 23:59 | 思い出話 | Comments(0)

どこへ?

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どこへ行こうか   風まかせ

長い旅になるのかな
ここは楽しかったかな

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by h_with_the_wind | 2009-04-22 23:59 | 季節の中で | Comments(2)

桜餅

大阪府民にとって桜餅は、なんたってこれです!

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by h_with_the_wind | 2009-04-21 23:59 | 季節の中で | Comments(2)