<   2009年 05月 ( 31 )   > この月の画像一覧

ペスト

 世界史の年表には、14世紀のヨーロッパでペストが大流行したことが載っています。
 どうして病気の流行が年表に載るのかということは、初めてそのことを知った日からずっと疑問でした。とはいえ、その疑問を誰かにぶつけることもなく深く考えたこともありませんでした。

 私の読書は、ケン・フォレットの小説「大聖堂」(矢野浩三郎訳 SB文庫)を読み終えて、18年の歳月を経て書かれた続編「大聖堂ー果てしなき世界」(戸田裕之訳 ソフトバンク文庫)もいよいよ終盤に差し掛かってきました。歴史小説の醍醐味は、動かせない史実をいかに巧みに小説の中に活かしていくか、というところにあるかと思います。
 「大聖堂ー果てしなき世界」では、物語の進行とともに死の病として恐れられた「ペスト」がイタリア人を介してどんどんヨーロッパ大陸を北上していった様子が描写されています。

 山川出版社の「世界史総合図録」によると、「1348年、英仏戦争の初期に東方よりイタリアに上陸したペストは、またたくまに西欧に流行した。(略) 英・仏では人口の3割が死亡した」とあります。補足するなら「中央アジアからイタリアに運ばれた毛皮についていた蚤が媒介したとされる」と、ヨーロッパに「新型の病」が伝わった理由をwikipesiaでは記しています。
 たった一匹の蚤が、ヨーロッパの政治と経済を根底から覆しました。

 病院と学校の役割をも果たしていた教会には、人々が救いを求めて集まってきました。
 隔離という発想のないまま症状の現れた人を次々と受け入れた教会では、医者や看護者を兼ねていた聖職者が斃れていきました。道徳を説くべき立場の聖職者を失った町では略奪や強姦がはびこり、食いぶちが減った分だけ一時的に食料が豊富になったため働く必要もなくなって畑は荒れていきます。
 悪臭と明日は我が身かもしれないという恐怖から厭世感が漂い、秩序が乱れていくのは当然の帰結でしょう。

 不衛生な生活者ほど病に罹る確率は高く、労働者や農奴から罹患していきました。こうしてイギリスでは労働者の不足がおこり荘園制が崩壊していきました。これに対処するため、さまざまな政策がとられました。そのひとつが労働集約的な穀物の栽培から人手のいらない羊の放牧への転換です。
 治療の術がないペストの流行は社会の大きな転換期となりました。

 と、「大聖堂ー果てしなき世界」を読んで、ペストの流行が世界史に載る理由をようやく理解することができました。

 歴史に学べ、ということはよく言われます。
 ひと月前に突然降ってわいた「新型インフルエンザ」。
 大阪の学校が一週間休校措置をとったことで、経済に大きなダメージを与えたと言われます。水際作戦は無駄だったという意見もあります。
 だけど、少しでも広がりを遅らせることで、薬の開発のための時間稼ぎができるのなら、私は評価してもいいのではないかと思います。
[PR]
by h_with_the_wind | 2009-05-31 23:59 | 本の話 | Comments(0)

仁和寺の法師

 唐突に昔覚えた何かを思い出して、でもちゃんと思い出せなくて、一日くるくるとひとつの単語が頭の中をめぐっていることがあります。

 「仁和寺の法師」
 小さなきっかけから飛び出したこの単語…。
 何をした人だっけ?
 歴史上の人物かな?だけど仁和寺のあたりは、都の中心から随分離れているから、違うような気がする。
 では、文学。古典、そうそう、徒然草?

 じゃあ、どんなお話だったっけ?
 高い木に登って降りられなくなった男の話は、「高名の木登り」で…。あれっ、これ日本のお話だったっけ…。

 インターネットで調べれば、答えはすぐにわかります。だけど、ここは脳トレのつもりで検索は先に延ばしてひたすら考えました。
 えーーー、そもそもそんな言葉あったのかしら?私の造語ではないのかと今度は自分を疑ってみたりして。

 自分を疑いだすと、不安になってきました。やっぱりネット登場。
 そして、不安解消!「徒然草」第52段。すっきり!
 どんな話だったかって?思い出します?それとも調べます(笑)。あっ、ちゃんとご存知です…よね。
[PR]
by h_with_the_wind | 2009-05-30 23:59 | わたし | Comments(4)

元気?

 親戚や知り合いに会うと、
「長女ちゃんはどうしているの?」と、聞かれます。
 長女がひとり暮らしを始めて2か月になります。
 おかげさまで元気に暮らしているようです。頻繁に連絡を取り合うわけでもなく、せっかく作ったブログにもほとんど書き込みがありません。だから正確にはわからないわけですが…。

 先日、友人がお嬢さんの留学先に遊びに行ってきました。帰国した友達に、
「どうだった?」と、聞くと
「再会の涙、別れの涙だったわ」との返事でした。
 「涙」と言いつつも満面の笑みを浮かべていましたから、きっと楽しい時間を共有することができたのでしょう。

 長女は、ゴールデンウィークに会った時わずかの愚痴をこぼしていたけれど、ちゃんと乗り越えたのでしょうか。
 朝はちゃんと起きて学校にも行っているのでしょうか。
 気にしだすときりがないので、「元気」とひとくくりにして思うことにしています。
[PR]
by h_with_the_wind | 2009-05-29 23:59 | 家族 | Comments(0)

深夜放送

 最近、次女が夜、ラジオを聞いているようです。
 何を聞いているのでしょう。本人はいきあたりばったりで、番組名なんて知らないといいます。

 ラジオの深夜放送は小学生の頃の憧れでした。
 ディスクジョッキーになりたいとか葉書を読んでもらいたい、という以前に「聞いてみたい…」という願いでした。

 聞きかじりの「深夜放送」という言葉が大人への階段に思えました。
 東京で人気のディスクジョッキーの名前はあちこちで取り上げられていました。レモンちゃんの愛称で親しまれていた落合恵子さんがどんなことを喋るのかとても興味がありました。大阪では聞くことのできない放送だと知ってがっかりしたことを覚えています。

 大阪の深夜放送と言えば、双璧はヤンリクとヤンタン。
 一度聞いてみたいと思うのですが、午後11時は小学生の私にとっては限界でした。
 でも、とにかく「今日は試頑張って深夜放送を聞くのだ」と父のラジオを借りるのですが、ヤンリクのテーマソングがかかると安心してCMの間に眠ってしまうのが常でした。
[PR]
by h_with_the_wind | 2009-05-28 23:59 | 思い出話 | Comments(0)

ヒヨドリ

 ヒヨドリの顔ってなんだか不良っぽく見えます。頑張ってリーゼントにしてるぞって。

 昨日、家に帰って門扉を開けた途端、いつもと違う気配に足がとまりました。
 玄関ポーチの真ん中あたりに何かがいます。ハトほど大きくはなくて…、どうやら最近自宅近くでうるさく鳴いていたヒヨドリのようです。

 鳥なら門扉を開ける気配ですぐに飛び立っていきそうなものですが、じっとしています。
 へっ、怪我でもしてる?

 それでいて向こうもびっくりしたように私を下から見上げています。ちょうど不良が下から睨みつけるような恰好です。
 結構気が強いのかも…。

 一歩、足を踏み出してみました。それでも相手は視線をはずしません。
 えっ、普通、人間が近付いたら逃げるやろ…。
 なんで逃げへんの?

 勝手に動揺して、 足がすくんでしまいました。
 なんか「とりぱん」みたい…。

 とりぱんに登場したヒヨドリさんですか?と、聞こうかと思ったら…。
 ようやく我に返ったかのように頭をひと振りしてバタバタと飛び立っていきました。

 発つ鳥跡を濁さず、って嘘です…。
 でも、明日はきっとウンがついてるかもよ。
[PR]
by H_with_the_wind | 2009-05-27 23:59 | 理科 | Comments(0)

迷惑

 友達は、私の母を面白いと言います。
 友達の前でも冗談ばかり言って笑わせるので、面白いは「興味深い」という意味よりも「おかしい」に近いようです。


 だけど、たまにはいいことも言います。
「他人に迷惑をかけないなんて言い方、傲慢だと思わない?生きていること自体が誰かに迷惑をかけているもんでしょ」と。
 まだ私が結婚する前に聞いた言葉です。うまいこと言うなあ、と感心しました。。

 幼い子供がはしゃぐ姿を見ると顔がほころんでしまいます。だけど、疲れてどうしようもない時、心に重い荷物を抱えている時にはただうるさいと感じるだけでしょう。もちろん幼い子供には迷惑をかけているなんて意識はありません。


 私と同年代の女性が、
「自分が死んだら子供たちに迷惑はかけたくないから、散骨にする」と、断言しました。
 死生観はひとそれぞれです。散骨についても異議を申し立てるようなつもりも根拠もありまん。
 だけど、散骨は誰がするのかな、迷惑とまではいかなくても手続きを含めて子供の手を借りないとどうしようもないのではないかな、と思うのだけど…。


 そうそう母の言葉です。
 「他人に迷惑をかけないで生きるなんて言葉は思い上がりだ」と、言い切りました。
 まあ、母のユニークなところは、そこで話が終わるところでしょう。「だから…」と、教訓が続いてもよさそうなものなのに、プツン。
 思いつきの放言なのか、後は自分で考えろということなのか…。
 だけど、妙に心に残っていて、折に触れ蘇ります。散骨の話を聞いた時も同様でした。
 えっ?私の結論?、母の娘ですもの、プツン…。ツーツーツー。
[PR]
by h_with_the_wind | 2009-05-26 23:59 | 家族 | Comments(0)

学校再開

記事が遅れていますので、話題が一週間ほど遡ります

 マスクを着用して登校することとの学校からの指示通り、一週間振りに次女を学校へ送りだしました。

 一日を終えた次女は、とっても疲れた様子で帰宅しました。いつもの学校とは勝手が違ったようです。

 登校すると正門で、先生がマスクをしていない生徒に学校で用意したマスクを配っていたそうです。
 全員マスクをしたままの異様な授業は、体育の授業さえも例外ではなかったそうです。マスク着用の体育って、高地トレーニングくらいの効果があったでしょうね。

 時間が進んでいくと次第にマスクをはずす子も出てきたそうで、最後までしていたのは3人だけだったそうす。もっとも、生活指導に厳しい先生の午後の授業では全員着用していたそうですが…。

 これから梅雨の時期を迎え、気温と共に湿度も上がっていきます。きっとインフルエンザの流行は下火になっていくことでしょうが、もうすでにマスクをするには暑くて我慢できません。
[PR]
by h_with_the_wind | 2009-05-25 23:59 | 家族 | Comments(2)

文学の役割

 哲学や文学では、食べていけない……。
 進路を決める時のひとつの目安となる言葉のようです。

 三者懇談で、
「最近は、将来の職業と結び付けてどんな資格がとれるか、ということを念頭に置いて大学の進路を決定していきます」
「文学部に進んで竹取物語を学ぼうなんて子はいませんね…」
 担任の先生からそう聞いたのは、まだ長女が中学生の時でした。

 文学や哲学といった分野は役割を終えてしまったのでしょうか。
 多くの良書と出合いさまざまな人間の有様を想像して思考を深めていったり、素晴らしい芸術品や匠と言われる人たちの手による仕事を目の当たりにして深い感動を覚える、そういったことを通して人の心はより豊かになっていくのではないでしょうか。

 あまりにも心を病む人たちが多いのは、現代社会が忙しすぎて、文学に触れ合うどころか空を見上げる時間もなくなったことにあるように思えてなりません。

 と、いうようなことは、私が子供の頃から言われていましたが。
[PR]
by h_with_the_wind | 2009-05-24 23:59

気になるよね

 先週の土曜日、試験前でクラブ活動が禁止になったので、次女は数か月振りに髪を短く切りました。
 「お初」で月曜日に登校するはずでしたが、新型インフルエンザの影響で学校は休校になってしまいました。

 週明けから学校が始まります。次女はすこしそわそわしています。妙なことを気にしています。
「一週間、外出してはいけなかったのに、髪を切りに行った」と、指摘する子がいるかもしれないと。
 必ずいますね。
 特に中学生、少し遅れて高校生、あー、大人になってもいるか…。
 直接言われたら反論の機会もあるけれど、陰でコソコソ言う子。

 「だって、仕方ないやん…」
「今から想定でめげないの…」

 最後にはケロッとして登校するのだろうけど、小さなことも気にする娘です。そうは見えないらしいけど…。
[PR]
by h_with_the_wind | 2009-05-23 23:59 | 家族 | Comments(2)

ナポリタン

 突然、無性にスパゲティ・ナポリタンが食べたくなりました。

 私が学生の頃、町の喫茶店のメニューには軽食がありました。
 カレー、焼き飯、サンドイッチそしてスパゲティ。だいたいどこでも似たようなもので、焼き飯に中華スープがついていたり、スパゲティの上に輪切りのゆで卵がのっていたり、カレーのお皿とは別に福神漬とらっきょうが出てきたら、とても得した気分になれました。

 仕送りをしてもらっていたので、貧乏学生などというつもりはありません。それでも節約して好きな本を買いたいという気持ちは強かったです。

 昼食はたいてい安い学生食堂を利用していました。寮を出てからは、お弁当を作っていくこともありました。学食はおしゃれとは無縁で、時として雑多な食べ物の匂いに混じって洗い場の漂白剤の臭いが漂ってきたりしていました。
 それでもたまに大学の近くの喫茶店でお昼ご飯を食べることもありました。マガジンだかジャンプの発売日になると、誘ってくる友達がいましたっけ。
 そんなちょっと贅沢な昼食時に食べたのがナポリタンです。

 どうもイタリアにはナポリタンなんてスパゲティはないらしい…、と聞いてはいたもののイタリアなんて行ったこともない、いつかはヨーロッパに行ってみたいなあ、などと夢見つつ食べていましたっけ。

 スパゲティはパスタと呼ばれるようになり、種類も豊富になりました。
 でも、まだ私はイタリアに行ったことがありません。
[PR]
by h_with_the_wind | 2009-05-22 23:59 | 思い出話 | Comments(2)