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毛利氏への旅 一日目夕方

 母の故郷が福岡だということもあって新幹線を利用して九州へは何度も行っています。山陽新幹線は、より早く目的地へ到着することに主眼をおいたために極力カーブを回避したそうで、トンネルがとても多くてゆっくり車窓からの風景を楽しめません。

 私たちは、防府から再び広島へ戻るのに、今ではローカル線と化した山陽本線を選びました。

 防府から広島まで約2時間半。山陽本線は、瀬戸内沿いに東西に伸びています。
 呼吸に合わせて流れて行く車窓からの風景をぼんやりと目で追います。乗ってはすぐに降りて行く地元の人たちに生活の気配を感じ、変わりゆく景色が夕焼けから闇に融けて行く様を眺めていました。

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歴史を感じさせる駅名です


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駐車場の向こう側にぽっかりと見える島…
何だか気になります


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視界が開けると昔話に登場しそうな島がみえました
毎日、こんな風景が見られるってどんな生活でしょう


 こういう旅がしたかったのです!!
 20数年ぶりです!!

≪続く≫

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by h_with_the_wind | 2010-03-31 23:59 | 毛利氏への旅

毛利氏への旅 一日目午後

 毛利元就に代表される歴史と文化の町安芸高田市へは、車でなければ行くことができません。今回の旅行では断念しました。

 広島城を後にして「中国大返し」を実行しました。
 新幹線で新山口へ出て、山陽本線上りに乗り換えて防府を目指しました。

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 毛利家の家紋の一文字には何種類かあるそうで、それを見れば本家・分家の区別がつくのだと次女が教えてくれました。


 毛利博物館です。

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 ここは、明治25年に井上馨が旧長州藩主毛利氏の本拠にふさわしいとして選定しました。日清・日露戦争のためにすぐに着工することが叶わず、完成したのは明治5年だそうです。
 井上馨こと井上聞多は、幕末に高杉晋作や久坂玄瑞の下で討幕のために活動していた人です。幕末を生き抜き明治政府の中核として大臣を歴任しました。
 旧藩主のために風光明媚な場所に立派なお屋敷を建てる、故郷に錦を飾るということでしょうか。
 勝てば官軍、負ければ賊軍――。
 豪奢な館が必要だったのかどうか――。
 私は幕末の歴史には惹かれるけれど、新政府ができると途端に興味をなくしてしまいます。権力を得た途端にそれを振りかざすようで好きになれません。


 毛利博物館は、歴史資料館としては充実していました。広島城と同様、次女はひとつひとつの展示物をゆっくりと気が済むまで鑑賞しています。

 毛利氏の年表を見ていると、いわゆる「薩長同盟」が「長薩同盟」と書かれていたことが印象に残りました。
 「山口の人は、学校で長薩同盟って習うのかな?」と、次女が言います。
 おそらくその通り、少なくとも戦前の学校では「長薩同盟」と習っていたのではないかと思います。

≪続く≫

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by h_with_the_wind | 2010-03-30 23:59 | 毛利氏への旅

毛利氏への旅 一日目

 次女とふたり「なりちゃん」こと毛利元就への旅は、広島城から始まりました。

 天気予報の最高気温は3日間を通して10℃前後の予想です。旅行中は外を歩くことが多いので、急遽、春のコートからダウンジャケットに変更しました。

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 広島城です。
 広島城を築城したのは元就の孫・毛利輝元で、本丸が完成した1591年に入城したものの、石垣や堀の工事はさらに続き、落成までにさらに8年かかっています。が、落成した翌年1600年、関ヶ原の戦いで西軍の総大将だった毛利輝元は、徳川家康によって「周防・長門」に封ぜられます。
 毛利氏に代わって福島正則がわずかな期間入りましたが、その後江戸時代を通して浅野氏が藩主としてこの地を治めました。

 第二次世界大戦で原爆の被害を受けた広島城は、熱線には耐えたものの爆風で倒壊したといいます。現在の天守閣は、昭和33年(1958年)の広島復興大博覧会の折に復元されたもので、鉄骨鉄筋コンクリートだそうです。


 お城の中では、次女が丁寧に展示物を鑑賞し説明を読んでいきます。
 私にとってさらりと流してしまうような文言も並べられた展示物も次女にとってはひとつひとつが興味惹かれることのようです。
 ようやく出口が見えてきたところに体験コーナーが設けられていました。
 体験コーナーでは鎧・兜・陣羽織をつけることができます。ちょっと他所ではあり得ない体験に、嬉々とした次女は戦国武将になったつもりで鎧・兜・陣羽織を身につけていきます。写真を撮られることを嫌う年頃なのに、この時ばかりは素直に被写体となってくれました。

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≪続く≫

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by h_with_the_wind | 2010-03-29 23:59 | 毛利氏への旅

次女との旅Ⅱ

 春休みに次女と『毛利氏への旅』に出掛けることにしました。

 ところで、毛利氏への旅というとどこを連想されるでしょう。
 かつて『歴女』だった私は、てっきり山口県だと思っていました。『歴女』こと歴史好きの女性の特徴のひとつは、通史というよりピンポイントな時代にハマることにあるようです。毛利といえば、次女にとっては戦国時代の毛利元就、私にとっては幕末の長州藩。300年近いギャップがありました!

 元就の時代と幕末では、その領土も居城も違います。予定を広島に修正!
 しかも追加で安芸の宮島が指名されました。
 なんで?あそこは、平家と違うの?またタイムスリップかと思いましたが、戦国大名としての毛利元就が、領土を拡大する大きな戦の場となったことを知りました。NKK大河ドラマ「毛利元就」が放映された頃は、まだ子育てに夢中で見ていませんでしたもの。

 自らの手で細かい旅行の計画を立てるのは、何年ぶりでしょう。
 それにしても国鉄からJRになって幾星霜…。周遊券も随分変わりました。今回の旅行では使えません。
 宿の予約は電話からネットに、時刻表の代わりに駅すぱあと、ガイドブックはネットからプリントアウト…。
 それでも最後に頼るのは自分の足です!
 では、いざ、出陣!!
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by h_with_the_wind | 2010-03-28 23:59 | 毛利氏への旅

次女との旅Ⅰ

 旅行を決める時、どうしますか。
 旅行代理店に行って、行きたい場所を言う、という人に出会って驚いたのはもう随分昔になります。私は、できるだけ自分の手で計画します。時刻表であれこれ調べるのも苦になりません。

 春休みに次女と旅行しようと思い立ったのは、まだ高校受験の前でした。
 昨年は、長女の受験や祖父母の体調が優先で、次女はいつも後回しになっていました。今回は次女の行きたい所へ行こう、と決めました。

 受験を終えて、どこへ行こう、と次女に問うと
「まーくん!」→翻訳→『伊達政宗→仙台』
 いやいや、この時期の北国は雪解け前でよそ者が気軽にお邪魔できるような甘いものではありません。却下。
「ちーちゃん!」→翻訳→『長宗我部元親』
 うーん、多分、今行ったら坂本龍馬一色です。それに前に同じ季節に行ったし…。
「なりちゃん?」→翻訳→『毛利元就』
 そうね。いいかもね。

 と、いうことで『毛利氏への旅』を企画しました。

 それにしても「まーくん」に「ちーちゃん」に「なりちゃん」って。大丈夫かな、うちの子。女子高生になれるのでしょうか…マジ不安…。
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by h_with_the_wind | 2010-03-27 23:59 | 毛利氏への旅

卒業式 

 先週、次女が義務教育の過程を終えました。
 暖かい雰囲気のいい卒業式でした。

 私にとってはあっという間の3年間。だけど、きっと本人にとっては様々な経験をした長い長い3年間だったことでしょう。小学校とは一味違うクラブ活動を通して学んだことも多かったと思います。友達関係も複雑でたくさんの壁にぶつかりました。

 卒業証書を受け取る晴れやかな姿に私の背筋もすっと伸びました。

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 そうそう悪事を働いたら高校は即、退学だよ、と言っておかなきゃ。
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by h_with_the_wind | 2010-03-21 23:59 | 家族

タペストリーホワイト

 某ブログの『この小説はわれわれ世代の「されどわれらが日々』との紹介記事に動かされて仕事帰りに書店で買ってきました。

 作者は、大崎善生さん…。
 以前、読んだことがあります。
 そう、『ドナウよ、静かに流れよ』でした。ノンフィクションでずしりと胸に響いたことを覚えています。

 「されどわれらが日々」は、私たちより上の世代のバイブル的小説です。私も母に薦められて読みました。苦悩する若者たちの青春を描いた再生物語に感銘を受けつつ、それでも自分のフィールドとはどこか微妙に異質のものをも感じています。彼らの世代のように学生運動というものさしがないからでしょうか。

 進行形の本をとりあえず傍らに除けて、買ったばかりの文庫本を開いてみました。大崎善生さんの手で私たちの世代はどんな風に描かれるのか興味もあります。
 だけど、数ページで私は本を閉じました。

 物語は、1971年札幌を舞台に幕を開けます。いきなり描写される藻岩山からの風景に懐かしさがこみ上げてきました。
 1971年には、まだ自分が北海道に暮らすことになるとは思ってもいませんでしたが、それは確かに私の知っている風景でした。私の青春時代が凝縮した街です。
 もう戻ることのできない時代、たとえそこに立つことがあったとしても目の前にあるのは私の知らない街だということがわかっています。
 日々のことに追われている今は、まだ読む時ではないな、とそう思いました。
 少し余裕ができたら、ゆっくりじっくり読ませていただきます。
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by h_with_the_wind | 2010-03-18 23:59 | 本の話

一輪の桜

 まだ寒いっしょ

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by h_with_the_wind | 2010-03-17 23:59 | 季節の中で

小さな用事

 年度末は、小さな用事が次々とやってきます。
 ひとつひとつはたいして難しくもないことだけど、行ったり来たりしています。

 授業料の振り込みは銀行の窓口に行かなければいけないし、次女の制服の採寸は日時指定です。
 卒業式に美容院。あっ、美容院が先でした。この順番は大切ですね。そうそう卒業式に着て行く服が入るかどうかもチェックしなくちゃいけません。これも必須です!
 お彼岸が近づけばお供えの用意。
 お世話になった人が退職すると聞けば、やっぱり小さなものでもお礼はしたいし…。

 ひとつ片付けたら新たな用事が増えて、用事のための用事を思い出しては毎日右往左往しています。

 でも、そうやって小さな用事を抱えることが生きていることなんでしょうね。きっと。
 全部放り出して逃亡したくなることもあるけれど、やっぱりひとつづつ捌いていきます。まだまだ頑張らなくちゃ!
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by h_with_the_wind | 2010-03-16 23:59 | 季節の中で

万博

 万博といえば、私にとっては大阪で開催されたEXPO’70です。
♪ 1970年のこんにちは~ 
 今年は、その日本万国博覧会から40年です。

 公害、交通戦争、急激な高度成長がもたらした負の部分がクローズアップされた時代でもありましたが、あの頃の躍動感は刺激的でした。
 戦後四半世紀、焼け野原からここまで来たという大人の感慨とは異次元で、子供には毎日がお祭りのようでした。

 EXPO’70から40年の節目を記念して、さまざまなイベントが万博跡地で開催されるようです。
 唯一、当時のままの姿で残る出展施設「鉄鋼館」が博覧会の記念館として蘇るといいます。
 行ってみようかな?
 いつまでやっているのかな?
 一瞬だけあの頃に戻れるかな?
 誰と行こう。
 あっ、行く気になってきた!
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by h_with_the_wind | 2010-03-15 23:59 | 社会科


今日はどんな風が吹くのだろう。 日々の思いを書き留める雑文帳。


by 風懐

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