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お弁当 

 中間テストで中断していた次女のお弁当が復活です。
 昨日、時間をかけることが料理の秘訣とばかりにじっくり煮込んだ豚の角煮、冷めても大丈夫!だと思うのだけど…^^;

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 そういえば新婚時代、新婚旅行で食べ物の写真を撮り始めたことをきっかけに、毎日晩御飯の写真を撮っていました。
 あの時代にインターネットがあれば、私のブログも少し違っていたかもしれません。
^O^/

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by h_with_the_wind | 2010-05-31 18:42 | 思い出話 | Comments(4)

空気を読む

 「たけしのニッポンのミカタ!」と、いうテレビ番組を時々見ています。「ミカタ」と片仮名表記されているのは、「見方」なのでしょうか、それとも「味方」なのでしょうか。
 先日のタイトルは、「空気なんか読む必要ない!?」でした。

 最近、若い世代では、仲間のなかで浮きたくない、嫌われたくないという意識が強くはたらき、周りに合わせて行動する傾向があるそうです。
 常に誰かと繋がっていたいという欲求が携帯電話の普及によって簡単に実現されるため、一日に数百件のメールを受信することも珍しくはなく、電話帳の登録件数は、10代の平均で360件だと報告されていました(番組調べ)。
 いつも友達に合わせてキャラを使い分けるために、どれが自分かわからなくなっていると証言する女子高生まで登場しました(私は自覚して悩んでいる彼女に好感を持ちましたが…)。

 「和を以て貴しと為す」と十七条の憲法の第一条にあります。
 『逆説の日本史』で井沢元彦さんは、日本人は争いごとを嫌い何ごとも話し合いで決めようとする「話し合い絶対主義」である、と述べられています。
 そのことと「空気を読む」という最近の風潮がマッチしているな、と感じました。

 さて、番組では、あなたは「空気を読んでいるか」というチェックが行われました。7つの設問に答えてイエスが多いほど「空気を読んでいる」と言います。
 私のイエスはひとつ…。
 気を遣っているつもりは本人だけ、どうも私はKYなようです ^^;
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by h_with_the_wind | 2010-05-19 23:59 | 社会科 | Comments(6)

ようかんツイスト

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 スーパーの北海道フェスティバルで見つけました!
 秘密のケンミンSHOWで以前紹介されていた「ようかんツイスト」です。北海道民にとっては常識だそうですが、パンに塗られているのはチョコレートではありません。羊羹です!


 薄い羊羹のあっさりした甘味と、中にはいっているホイップクリームが意外にマッチしています。
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by h_with_the_wind | 2010-05-18 23:59 | 家庭科(含子育て) | Comments(0)

余韻

 クラス会の余韻が続いています。
 懐かしい先生と友達と、これまで会えなかった時間を埋めるには余りにも短い時間でした。

 最初は名前を言われてもしっくりこなかったけれど、クラス写真が回覧されて話を重ねるうちにだんだん昔に引き戻されていきました。
 坊っちゃん刈りとおかっぱ頭だった私達が、その頃の両親の年を追い越してしまうなんてねえ。

 「今だから話せるエピソード」に触発されて次々と思い出が蘇ってきました。
 友達と別れてひとりになった電車の中で、ひとつ、ふたつ…。思わず顔が綻びそうになって慌てました。

 「来年も会いたいね」と、言いながら散会しました。
 今年参加できなかった友達も来年なら来られるかなあ。
 来年はあの話をしよう、と決めたけれど、私覚えていられるかなあ。
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by h_with_the_wind | 2010-05-17 23:59 | わたし | Comments(0)

クラス会

 小学校のクラス会に行ってきました。
 クラス会への案内をもらった時には、まだまだ先の楽しみだと思っていたのに瞬く間に当日です!

 クラスの半分くらいが集まったでしょうか。この出席率というのは、私達の年齢ではなかなか優秀な方ではないでしょうか。担任の先生のお人柄が私たちを引き寄せたのだと思います。

 「今だから話せる」といったエピソードが次々と披露されて、ずっと笑っていました。
 「スカートめくり」が、男の子にとっても女の子にとっても当時の学校生活においてはほとんど最重要課題だったことも思い出しました。
 誰かがひとつのエピソードを話すと、一斉に
「よう覚えてるなあ」の声があがり、それをきっかけにまた別の誰かが何かを思い出すといった具合に話の途切れる暇がありませんでした。

 定年を待たずに退職された先生は、絵の道へと進まれました。退職されてすぐにパリへ留学されたのが、奇しくもその日集った私たちの年齢だったそうです。
 入社してからの年よりも退職までの年を引き算するようになったというサラリーマンの友達にも子育てを終えようとしている私たちにも強い刺激となりました。
 懐かしいだけでなく、また先生から元気をいただきました。
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by h_with_the_wind | 2010-05-16 23:59 | わたし | Comments(2)
『スリー・カップス・オブ・ティー』を読みました。
いろんなことを思いながら読みました。
あちらこちらへと飛躍した思いは、一度には書き切れませんでした。

この前日5月14日にアップした『寺子屋』から遡って読んでいただいてもかまいませんが
もしも思考を時系列にとお望みならば、道標をたどって行ってください
道標
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by h_with_the_wind | 2010-05-15 23:59 | 本の話 | Comments(0)

寺子屋

 寺子屋の起源は、中世の寺院での教育に遡ると言われます。
 江戸時代には様々な問題もありましたが、総じて平穏だったこと、商工業の発展や社会に浸透していた文書主義から実務教育の需要が高まったことから、まず都市部にやがて農村や漁村にも広がっていったといいます(Wikipedia参照)。

 ケン・フォレットの著書「大聖堂」には、キリスト教の教会が学校と病院の役割を果たすようになっていく姿が書かれていました。読みながら、その役割が日本の寺院と同じだと思いました。
 おそらく多くのイスラム教でも同様の役割を果たしていたことでしょう。

 「スリー・カップス・オブ・ティー」を読みながら、あれこれと検索しました。パソコンのおかげで読書の中断がほんの短時間で済むようになってまめに調べることができます。
 『寺子屋』を検索していてユネスコの『世界ユネスコ寺子屋運動』を知りました。グレッグのようには行動できないけれど、私にも参加できそうなことがあると知りました。
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by h_with_the_wind | 2010-05-14 23:59 | 社会科 | Comments(0)

なぜ学校なのか

 「あなたの村のために、何かお手伝いできることはありませんか?」
 「教わることは何もありません。あなた方が持っているものも、たいしてうらやましくないです。どこをとっても、私達の方が幸せそうだと思います。ただ、学校だけは欲しい。子供たちを学校に通わせたいのです」
 エドマンド・ヒラリー卿とウルキエン・シェルパの対話
『雲の中の学校』より

 『スリー・カップス・オブ・ティー』 (グレッグ・モーテンソン、デイヴィッド・オリヴァー・レーリン、訳藤村奈緒美 サンクチュアリ出版)から孫引きしました。


 「スリー・カップス・オブ・ティー」を読みながら、なぜ学校なのか、というシンプルな疑問の答えを探していました。
 それが5月6日の「家庭科の教科書」、5月7日の「義務教育」の記事につながりました。私なりの答えになるかと思ったけれど、それでもまだ足りないような気がしていました。

 その答えは、思いがけず「スリー・カップス・オブ・ティー」の中にありました。
 イスラム教のほんの一握りの一派が、湾岸地方の石油が生んだ巨額の資金を使ってパキスタンで大量のイスラム過激派を育てようとしているというのです。
 パキスタンに 神学校を建て、公的な教育すら受けられない貧しい人々を無料で受け入れました。そうした神学校の中から優秀な学生を引きぬいて、母国に連れ帰って更に10年ほど洗脳します。留学を終えてふるさとにもどすと、今度は4人の妻をもたせ、大勢の子どもを作らせます。そうやって何代にもわたって過激派でこの国いっぱいにしようというのです。

 宗教色のない学校を建て、バランスのとれた教育を普及することの重要性を認識する反面教師としては充分ではないでしょうか。

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by h_with_the_wind | 2010-05-13 23:59 | 社会科 | Comments(0)

Three caps of tea

 Three caps of tea 本のタイトルです。日本語では「スリー・カップス・オブ・ティー」。そのまんまやん…。
 サブタイトルに「一杯目はよそ者、二杯目はお客、三杯目は家族」とあります。

いつもの書店のレジ近くに平積みされていた本です。
 サブタイトル、どこかで聞いたことがあるように思いました。手に取ってぱらぱらとめくっていると、「読んでみて…」とささやく声が聞こえました。


 1993年、ひとりのアメリカ人男性がK2登山に失敗し、パキスタンの小さな山村で助けられた。村人たちの手厚いもてなしに胸を打たれた彼は、恩返しをしようと再びこの地に戻り、「女子のための学校を作る」と約束する。だが、お金もツテもない。しかもそこは女性の権利が制限され、タリバンのような過激派が勢力を広げる保守的なイスラム社会。いかにして男はこの無謀な取り組みを成功に導いたのか、全米が熱狂した真実の冒険ストーリー(スリー・カップス・オブ・ティー腰巻より グレッグ・モーテンソン、デイヴィッド・オリヴァー・レーリン、訳藤村奈緒美 サンクチュアリ出版)

 山で遭難したグレッグは、助けてもらった村でお礼にまず持っているものをあげます。水筒、懐中電灯、キャンプ用のストーブ、ジャケット。
 次に看護師としての手技と登山用の医薬品が役にたちました。この村から医者のいる町まで歩いて一週間かかるといいます。
 体力を回復したグレッグは、学校を見せてもらいます。案内された所には建物などなく、100人近くの子供たちが霜の降りた地面にひざまずいて自習をしていました。ひとりの先生が隣の村と掛け持ちでくるために週に3日だけ授業が行われるそうです。

 学校を作ることを約束して帰国したグレッグは、働きます。
 何のために?
 約束を守るために。

 飾らない文章に、つい厳しい現実に直面していることを忘れてしまいます。
次々と立ちふさがる難問に向かっていくグレッグというひとりのアメリカ青年の姿が淡々と綴られていて、様々なことを思いながらページを繰っていきました。

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by h_with_the_wind | 2010-05-12 23:59 | 本の話 | Comments(0)

世界の常識

 テレビの世界紀行番組を見ていて驚くのは、人はどんなところにも暮らしているのだな、ということです。
 朝起きて食事をする。生活の糧を得るために働き、あるいは生活を維持するために働く。成長して子を成す。そういった単純なことを地球上のいたるところで人間は繰り返しています。

 極寒の地、常夏の島、海辺、山岳地域…。
 生活の基本はどこに行っても変わらないけれど、言語が違うように生活の方法は実に様々です。長い歴史の中で、経験と知識がその土地にふさわしいより合理的な方法を獲得していきます。土着の宗教は、その土地の風土に最も似合っているのかもしれません。

 ある時、商人や開拓者が新たな知識や文化を運んできます。彼らは、良いことも悪しきことも運んできます。NHK大河ドラマ『龍馬伝』で、西欧の航海術を学ぶ坂本龍馬の姿に重なります。

 人は、産まれる時代も場所も選ぶことはできず、産まれた環境・与えられた生活習慣に沿って成長します。他を知らずに生涯を終えることもあるでしょう。
 同じ日本でも、常識だと思っていたことがローカルルールだったり、馴染みのない地方の思いがけない習慣に驚いたりします。増して世界中にはいろんな習慣や常識があります。そういった違いを違いとしてお互いに認め合うことはできないものでしょうか。

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by h_with_the_wind | 2010-05-11 23:59 | 社会科 | Comments(2)