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チュッパチャプス

夫のお土産は…

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w(゚o゚)w

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by h_with_the_wind | 2010-09-30 23:59 | 家族 | Comments(0)

スヌード

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 スヌード、というのだそうです。
 リング状になったマフラーです。今年初の編み物です。
^o^

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by h_with_the_wind | 2010-09-29 23:59 | 家庭科(含子育て) | Comments(6)

関ヶ原2

 司馬遼太郎さんの小説「関ヶ原」(新潮文庫)を読みました。
 小説の序盤で、司馬遼太郎さんは、石田三成のことをその家臣島左近を借りて「小刀」にたとえています。
 よく切れるが、傷つけるばかりで、斧や鉈のように木を切り倒すことはできない、天下はとれぬであろう、と。

 母もよく同じ話をしていました。
 どんなに頭が良くても、ナイフでは木を切ることはできない、と。昔は、そんなたとえが一般的だったのでしょうか。


 文庫本「関ヶ原」の解説で京都大学の高坂正堯教授は、
「少々思い切った比喩を用いるならば、関ヶ原に至る状況は、現代の日本における選挙の前の多数派工作に似ている」と、述べられています。
「ただちがうのは、戦闘の代わりに投票がありそして負けたものがそうもひどく扱われないといった点だけである」と、続きます。
 高坂先生の解説は、昭和49年の春に書かれています。オイルショック直後のことです。

 「関ヶ原」の歴史を小説でたどりながら、私も36年前の高坂先生と同じ感想を抱いていました。
 先の民主党代表選が思い浮かびました。国民も進行形で国が抱えている問題も横に置かれたまま、誰がどこの会合に出席したとかしないとかいった報道ばかりが続いて嫌気がさしていました。
 立候補した人たちもそれを担いだ人たちも、小刀のように切れ味の鋭い人たちばかりかもしれないけれど、それ以上ではないように感じて仕方がありません。どうか私の勘がはずれることを祈っています。
T_T

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by h_with_the_wind | 2010-09-28 23:59 | 本の話 | Comments(0)

関ヶ原

 司馬遼太郎さんの小説「関ヶ原」(新潮文庫)を読んでいます。
 三分冊の歴史小説の下巻、すでに物語は日本史上最大の内戦に入りました。だけど、ここにきて一度にたくさん読むだけのエネルギーを失っています。毎日、ほんの少し読んだだけで本を閉じてしまいます。

 関ヶ原の戦いは、小早川秀秋が西軍から東軍に寝返ったことで勝敗の流れが変わったと言われています。
 その小早川家に松野主馬(しゆめ)重元という先鋒隊長がいました。一万石を領し、小早川家の槍鬼(やりおに)として他所にも知られた存在でした。その評判を耳にした秀吉に見いだされて、小早川家の重臣でありながら豊臣家の直参格となりました。
 合戦の火蓋が落ち、初戦は西軍が有利に進みました。ここで一気に東軍をたたけば西軍の勝利は間違いない、という頃、主君小早川秀秋の使い番が松野主馬重元の元にも届きました。
 いよいよ出陣かと、身を引き締めた松野主馬は、使い番から裏切りの下知を聞いて驚愕します。
 豊臣家を守るために東軍と闘うつもりで戦場にきたというのに、突然の寝返りの命令に納得がいきません。かといって小早川秀秋から知行を頂戴している身では、主君の命令に背くこともできません。

 松野主馬は、戦から降りてしまいました。
 部隊をまとめて見物に徹することにしました。ただ卑怯者の汚名を避けるために、矢弾の飛んでくる陣頭に馬を立て、大姿勢のまま身を晒したといいます。


 どうして戦争をしなくてはならなかったのか--。
 私の思いはその一点に集約されます。
 でも、それじゃあこの分厚い本を読んだ意味がないんだけどなあ。
T_T

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by h_with_the_wind | 2010-09-27 23:59 | 本の話 | Comments(0)

日曜日に

 日曜日。夫は早朝から出張に出掛け、次女は友達と遊びに行ってしまいました。

 お彼岸を境に急に気温が下がり、家にひとりでいると肌寒ささえ感じます。
 毛糸が恋しくなって手芸店に出掛けました。手芸店には、まだまだコットンの糸も並んでいますが、すでに秋色をしたウール系の糸もたくさんありました。
 新色の毛糸を3個買ってきました。

 昨夜録画した友人お勧めの映画「海猿2」を見ながら手を動かしました。
 今年最初の編み物は、なかなか編目が揃いません。
 何度も何度も編み直してようやく手が決まってきた頃、「海猿2」では先崎さんが救出されました。
^o^

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by h_with_the_wind | 2010-09-26 23:59 | わたし | Comments(0)

 義 ①道理。条理。物事の理にかなったこと。人間の行うべきすじみち。②利害をすてて条理に従い、人道・公共のためにつくすこと。(略)
 -を見てせざるは勇無きなり【論語】人の道として当然行うべきことと知りながら、これを実行しないのは、勇気がないというものである(広辞苑第六版より)。

 武士道の中心は「義の精神」とされていました。この時の「義」は、打算や損得のない人間としての正しい道を指すものと定義されています。
 戦国時代、「義」を掲げ、「義」に最も忠実に生きた武将は上杉謙信だったと伝わります。海を持たない甲斐の国の武将・武田信玄が今川氏真によって「塩留め」された時、隣国の領民の窮状を知った上杉謙信は塩を送りました。『敵に塩を送る』の語源です。

 「義」を重んじた上杉謙信の志は、昨年のNHK大河ドラマ「天地人」の主人公・上杉家の家老直江兼続に引き継がれました。直江兼続は、「義」を貫くため家康にいわゆる「直江状」を送りつけて激怒させています。

 「義」という概念が、中国大陸から伝わってきたものか、日本でも独自に自然と発生したものか詳しいことは、私にはわかりません。
 広辞苑に乗っている「義を見てせざるは勇なきなり」という論語のことわざは、孔子(BC.551-479)によって書かれたものです。孔子の時代から2500年もの時が経ち、大陸ではいくつもの国と政治体制の興亡が繰り返されました。その間に、こういった価値観は廃れ、忘れ去られてしまったのでしょうか。
 『敵に塩を送る』行為を、称賛して自らもそうありたいと願う気持ちを私たち日本人は忘れていないでしょうか。

※Wikipediaによると、「論語は、応神天皇の代に百済の王仁という人物によって伝えられたとされ、律令時代の官吏必読の書となった」と、書かれています。
T_T

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by h_with_the_wind | 2010-09-25 23:59 | 社会科 | Comments(0)
 アメリカ在住のさくらさん、ウェールズ在住ののんちゃん、お待たせしました!

 NHK「みんなでニホンGO!」で放映された「日本語の漢字もかなも撤廃してローマ字化しようという計画」の後編です(19日の記事はコチラ)。
 日本語表記をローマ字に統一化したいGHQは、まず日本人の識字率を知るために国語のテストを実施しました。その結果次第で日本から漢字をなくす方向へもっていきたかったようです。

 漢字を撤廃しようという考えはGHQだけでなく、当時の知識人と呼ばれる日本人の間にもあったそうです。

 さて、日本の15歳から64歳のうち選ばれた2万人が、目的も知らされないままに日本語の試験を受けました。
 試験の内容は、「漢字のよみ」「書き取り」「意味の読み取り」などがあったそうです。
 結果、満点は6.2%、0点は1.7%、なんと平均点は78.3点でした。

 平均点が想像以上に高かったことでGHQの責任者が、日本の責任者の元へデータを改ざんしてくれないか、と持ちかけてきたそうです。
 ローマ字推進者だった日本の責任者ですが、その結果に、「NO!」と答えたと言います。改ざんを求めたアメリカ人もその答えに納得して帰ったそうです。

 日本人の識字率が高くて驚いた、という内容の報告は、安土桃山時代や幕末に日本へやってきた宣教師らによって記されています。日本の「言霊信仰」がその根底にあるのでしょうか。
^o^

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by h_with_the_wind | 2010-09-24 23:59 | 国語 | Comments(4)

プロポーズ

 先日、次女とテレビを見ていると、
「どんなシチュエーションでプロポーズをされたいか…」なんて会話をしていました。
 夢見る乙女たちの勝手な妄想を「あほらし…」と、思いつつもぼやーっと見ていました。

 と、いきなり私の方を向いた次女が
 「お父さんは、なんてプロポーズしたん?」と、見たこともないようなきりりとした表情で私を真直ぐに見つめて聞きました。

 いやあ、完全に油断していました。そうくるか…!
 あー、びっくりした!
w(゚o゚)w


※ちなみにこの件につきましては、個人情報保護法に基づき固く保護されております(笑)
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by h_with_the_wind | 2010-09-23 23:59 | わたし | Comments(10)

仲秋の名月

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^o^/

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by h_with_the_wind | 2010-09-22 23:59 | 季節の中で | Comments(0)

電子カルテ

 これまで両親、義両親に付き添って何軒もの病院に行きました。
 10年前に比べて、また新設の病院ほど電子化、デジタル化が進んでいます。
 受付で端末器を渡されて、順番が来るとブザーで知らせてくれる病院があります。ずっと診察室の前で名前を呼ばれるのを待つ必要はなく、ちょっと売店に飲み物を買いに行くこともトイレに行くことも可能です。この「ちょっと」その場を離れられる、というのが、我慢のきかない年配者の付き添いには有難いものです。

 カルテの電子化も益々進んでいます。
 ワゴンにパソコンを乗せた入院病棟の看護師さんが、定期的な体温や脈の測定にくる姿も珍しくありませんし、パソコン画面を通してレントゲンを見ながら病状を説明して下さった先生もあります。

 ところが…。
 患者の立場で話を聞いて下さって、丁寧に対応してくださる先生なんですが、待ち時間のとても長い病院があります。患者さんが出てきてから、次の患者さんが呼ばれるまでがとても長いのです。まさかサボッているわけもないでしょうから、多分、患者さんに向き合った時と同様に丁寧にカルテを書かれているのだと思います。
 そんな時には、ふと、昔の何が書いてあるのかわからない個性的な文字や英語やドイツが混じったカルテのことが思い出されます。
^_^

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by h_with_the_wind | 2010-09-21 23:59 | 社会科 | Comments(0)