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鎮守の森

 私が子供の頃、私たち家族は新興住宅地に引越しました。
 計画して造られた真新しい街には輝きがありました。それは希望だったのかもしれません。ゆったりとした道路幅とコンクリートで護岸された川の流れる街は、若い世代のエネルギーに満ちていました。添え木で支えられた街路樹は、少しでも風が吹くとそのまま倒れてしまうのではないかと思うほどに細く頼りなく小さな葉を震わせていました。等間隔に並んだ街灯は夜の安全を保証していると、母を喜ばせました。
 高度成長期の日本を象徴するようなベッドタウンでした。

 そんな住宅地のはずれには、大きな公園がありました。
 若かった両親と私は、休日になると公園まで散歩しました。
 遊具もなく、周囲をサクラやタイワンフウ、プラタナスなどの植樹で縁取られた広大な公園は広場と呼ぶ方がふさわしく思える空間で、造成前のゆるやかな丘がそのまま残っていました。丘の上まで登って振り返れば、未来都市を想起させる近代的な住宅が行儀よく並ぶ風景を見ることができました。
 公園の最奥は、公園を縁取る新しい並木に沿って散策路が巡っていました。造成はそこまでで、散策路の更に奥には竹林が広がっていました。
 ただ一本だけ竹林を抜けて向こう側に繋がる道がありました。

 その向こう側にはどんな世界が待っているのだろうー。
 山があればその向こう側にあるはずの世界が見たくなる、川があれば流れに沿って行ってみたくなる、これは私だけの癖でしょうか。最初に一本の細道を発見した時から、とても興味が湧きました。

 初夏、父とふたりで散歩に出掛けた私は、細い道の先にどんな世界があるのか興味があることを話してみました。
 「行ってみようか」と、父は私の願いを受け入れてくれました。
 両側に竹林が迫る砂利道を辿って丘の向こう側へ足を伸ばしました。それはわくわくするような瞬間でした。
 しばらく道なりに歩いて行くと、急に視界が広がり左手に竹藪を背景にした溜池が、前方には青々とした田畑が続いていました。
 田圃の畦道を選んでずんずん進んで行くと、古くからこの地で続く集落に行き当たりました。新興住宅地から大きな公園を隔てた隣には、古くから栄えた人の営みがあったことを知りました。どうやら私たちは、古い町の裏口から入り込んでしまったようです。
 行く手にいっそう緑の濃い場所を見つけて、そこを冒険の目的地にしました。古くから伝わる家と新しく建て替えられたらしい家が混在した細い通りを抜けて、田圃の脇を過ぎたところに鳥居が現れました。土地の神社のようです。大きな鳥居が神域と俗界を分けています。

 以来、散歩に興が乗れば公園を抜けて田圃の畦道を歩き、神社まで足を延ばすようになりました。そんな散歩は、私が成長するにつれ回数も減り、いつしか行くこともなくなりました。

 新しい街は清潔で秩序が保たれて快適に見えますが、どうしてかその明瞭さに疲れることがあります。田圃の畦道に生えた雑草やその陰から聞こえる蛙の声、畑と道の境も曖昧で落ちているゴミにさえふっと気持ちが和むのはどうしてでしょう。柿の木に柿の実がなっている、当たり前のことに心が弾むのはなぜでしょう。
 もうそこへ行くことはなくなってからも、時折、あの風景を懐かしく思い起こしました。


 ずっと後になって、新興住宅地にある公園が、実はとても細やかな手を加えられてきたのだと知りました。
 バブル期には広大な土地を「有効利用して」ハコモノを作り街の活性化を図ろうという計画がありましたが、周辺住民の反対が功を奏したのかバブルが弾けて挫折したのか実行されることはありませんでした。
 そうした人間の事情とは別に公園は変わらぬ春秋を重ね、造成期に植樹された樹木はどれも大きく成長しました。
 春には満開の桜が、秋にはタイワンフウが彩りを添えます。夏には目に痛いほどの緑が命を競い、かしましい蝉の声が響き渡ります。誰もが眼を向けなくなる冬枯れの季節には、時に白一色の世界を作り出して存在をアピールしています。
 そうして今に至っています。

 公園に「ハコモノ」計画があった頃、不思議なご縁で私の娘たちは、この公園の奥にある「父と私が発見した」神社でお宮参りをしました。新興住宅地に暮らす核家族二世の私たち夫婦にとって、子供の誕生を報告する神社が決まっていたわけではありませんでした。
 お宮参りでは、土地の守り神である産土神(うぶすながみ)に子供の誕生を報告してその健やかな成長を祈願します。かつては、氏神さまに参拝して新しい氏子(うじこ)として神さまの祝福をうけると同時にお産の忌明けの儀式でもあったといいます。
 この土地に根付いているわけではないけれど、宮司さんはお宮参りをお願いする私たちを寛大にも受け入れてくださいました。
 産まれたばかりの赤ん坊を連れて車は公園を抜ける勝手口からではなく、町の中心部から入って行きました。アプローチは違ったけれど、私が両親と散歩に来た頃と変わらぬ風景の中に神社はありました。


 都市部の拡散は、高度成長期やバブル期ほど顕著ではないにしても、年々じわじわと進んでいます。バブル期に都市開発の計画があった神社の周辺も例外ではありませんでした。バブルが弾けた後、頓挫したかにみえた計画が実行に移されました。
 周囲はいつしか立入禁止区域として外壁が廻らされ、わずかにあいた壁の間を大型トラックや重機が出入りするようになりました。造成が終わると、公園を越えてきて最初に目にする農業用の溜池や田畑ばかりか明治時代の年号が刻まれたお墓までもが姿を消していました。

 先日、その辺りを車で通りました。
 生まれたての街は、子供の頃に私が引越したばかりの新興住宅地で感じた輝きがありました。清潔でエネルギーに満ちた印象を受けました。何もかもがかつて見た風景と重なるようでした。
 と、その一角にこんもりとした森が残っていました。
 鎮守の森です。
 神社を囲むようにして存在する鎮守の森が、そこに神社があることを教えてくれました。かつて「父と私が発見した」神社であり娘たちの成長を祈願した神社です。
 これまで周りの田畑や樹木と融け合っていた鎮守の森がくっきりとその領域を露にしていました。それは、最初に緑の濃い場所と意識した時よりもずっとはっきりと判別できました。
 神社の外周はしっかりとコンクリートと柵で固められ、鳥居の間際まで道路が走っていました。鳥居の向こう側・神域は、昔のままの静謐と荘厳を守っていることが伺えました。
^O^/

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by h_with_the_wind | 2010-11-21 23:24 | 思い出話

善く戦う者は怒らず

 『善く戦う者は怒らず』
 中国の古典「老子」の中の言葉だそうです。

 戦いのうまい者は怒らないものだ、ということであり、それを、争わざるの徳、という。(風は山河より 宮城谷昌光著 新潮文庫)


 心に引っかかる言葉です。無条件にそうだろうなと受け入れましたが、どこがどう、と表現できずに、しばらく胸の内側で転がしていました。

 検索してみたら、怒っていては冷静な判断ができないので戦いには勝てない、という解釈が載っていました。
 直球過ぎて、私にはしっくりときません。

 ふっと、怒ってばかりいる人には近づきたくないよな、と思いました。
 怒りが自分に対してではないとわかっていても愉快なものではありません。八つ当たりの対象にだってなりたくないですものね。
 周囲から人が離れていくのは当然でしょう。


 老子の言いたかったこととは乖離しているかもしれないけれど、そんな所に着地しました。
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by h_with_the_wind | 2010-11-12 07:08 | 本の話

司馬さんと宮城谷さん

 『天の蒼、地の青、海の碧に染まる屋敷に吹く風も緫い』
 ―天のあお、地のあお、海のあおに染まる屋敷に吹く風もあおいー

 三河湾を望む風景を宮城谷昌光さんは、小説「風は山河より」(新潮文庫)で、そう描写されています。
 鮮やかに書き分けられた「あお」の濃淡に、のびやかで温暖な風景が脳裏に浮かびます。

 司馬遼太郎さんの「覇王の家」で、徳川家康の生涯を読みました。「覇王の家」を読んでいる最中、宮城谷昌光さんが戦国前夜の奥三河を舞台に初めて日本の歴史小説を書かれたことを知り、「覇王の家」に続いて読み始めています。

 司馬遼太郎さんの歴史小説は、淀みなく流れる河を下って行くようです。司馬さんの案内を辿って右岸を望めば坂本龍馬が闊歩し、また示されるとおりに振り返って左岸に目を移せば徳川家康の息づかいが聞こえる、そんな風に小説を読み進むことができます。
 宮城谷昌光さんの文章は簡潔で、読み手の想像力を駆り立てる余地がありますが、うっかりすると置いていかれてしまいます。
 司馬さんの小説が古文だとすると、宮城谷さんのそれは漢文でしょう。

 とっつきにくいけれど味わい深い宮城谷昌光さんの世界に浸っています。

 『暁闇のうちに起きた新八郎は、黎明を待たずに城をでた』(風は山河より 新潮文庫)
 潔い文体は、きっと私の母をも虜にしただろうと思うと、今更ながら残念でなりません。
^O^/

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by h_with_the_wind | 2010-11-06 21:59 | 本の話


今日はどんな風が吹くのだろう。 日々の思いを書き留める雑文帳。


by 風懐

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