今日はどんな風が吹くのだろう。 日々の思いを書き留める雑文帳。

by 風懐

<   2011年 02月 ( 6 )   > この月の画像一覧

パンダと報道規制?

 先週の週明け早々、テレビでは明るい声が飛び交って大騒ぎしていました。

 中国成都から上野動物園にパンダが来る!

 で?

 空港に着きました。

 はい?

 空港を出発しました。

 なんで?

 動物園に到着しました。

 へえ、阪急・阪神エクスプレスのトラックって関西系やん♪

 ニュースを見るたびに繰り返される中継に私は、びっくりしました。
 だって、王子動物園にもパンダはいるし、白浜のアドベンチャーワールドでは出産もして現在8頭のパンダがいます。
 日中国交回復のシンボルとして初めてパンダが日本にやってきてから40年近く経ちます。今更……?
 と、驚いていたのは、私だけではなくて関西ではフツーの反応だったようです。週末の関西ローカル情報番組で、私と同じ感想を持っている人が多いことを知りました。

 今回、上野動物園にパンダがやってきたことで、経済効果200億円が試算されているそうです。
 そりゃあね、全国ニュースや情報番組でこれでもかというほど繰り返されていれば、行ってみようか、という気持ちになります。

d0087062_21324786.jpg

我が家のパンダ^O^/





 ところで、25日、日本人記者がニュージーランド地震で立ち入り禁止の病院に入ったとして逮捕、というニュースをインターネットで見つけました。
 立ち入り禁止であることを知らずに入ったのか、特ダネを狙って故意の行為だったのかはっきりしなかったので、テレビのニュース番組か新聞でフォローしたいと思っていましたが、私の知っている範囲では取り上げられていませんでした。
 言論と情報にフィルターがかかっているのは、他所の国だけではないのでしょうか。
^^;


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2011-02-28 21:35 | 社会科 | Comments(2)

遥かなる未踏峰

 人類で初めて世界最高峰チョモランマの登頂に成功した人がヒラリーという名前だということを、知っています。
 どうして山に登るのか、と尋ねられて、
「そこに山があるから」と答えたアルピニストがいたことを、知っています。


 ジェフリー・アーチャーの新刊本「遥かなる未踏峰」(新潮文庫 戸田裕之訳)を読みました。
 ジェフリー・アーチャーといえば、「100万ドルを返せ!」や「チェルシーテラスへの道」といった躍動感に満ちた小説のイメージが印象に残っています。ですから、書店で初めてこの本を見つけた時には、チョモランマに挑戦したアルピニスト、ジョージ・マロリーの生涯をテーマにした小説がジェフリー・アーチャーによって書かれたことを意外に感じました。
 読み始めてしばらく、小説にいつもと違う雰囲気が漂っているように感じました。ずっとジェフリー・アーチャーの翻訳を手掛けて来られた永井淳さんが一昨年亡くなられて、「遥かなる未踏峰」は「大聖堂」(ケン・フォレット著)の翻訳をした戸田裕之さんに代わられたからでしょうか。
 だけど、最初に感じたいくつかの戸惑いも読み進むうちにどんどん解消されていきました。


 1953年5月、ニュージーランド出身のエドモンド・ヒラリーがチョモランマの登頂に成功した30年前、イギリスから派遣された第三次エベレスト遠征隊のジョージ・マロリーが登頂に挑戦したまま遂に還って来ることはありませんでした。アタックの過程で遭難したのか、悲願の登頂を果たして下山の途中で遭難したのか、確証がないので彼の名前はチョモランマの頂点に立った男としての記録には残っていません。

 そのジョージ・マロリーこそがイギリスの第一次エベレスト遠征隊から世界で一番高い場所へ立つことにチャレンジした後のアメリカ凱旋講演で、
どうして山に登るのか、と尋ねられた時に、
「そこに山があるから」と答えたアルピニストだったことを知りました。

※エベレストと呼ばれていた山は現在チベット語のチョモランマに統一されています。ここではそれに従いましたが、遠征隊は固有名詞と解釈して英語でエベレスト遠征隊と表記しました。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう


以下、本編に触れつつ自身のための覚書 ^v^/
[PR]
by h_with_the_wind | 2011-02-25 19:15 | 本の話 | Comments(0)

壊れたポット

 朝、いつものようにお茶を飲み、しばらくしておかわりをしようとポットの出湯ボタンを押したら動かなくなった、と電話越しに言う義母の声がいつもに較べて心なしか頼りなく届きました。

 ポットが突然、壊れてしまったといいます。


 水を満たしてコンセントにつなぐだけでお湯が沸きます。
 沸騰したら、ブザーや音楽で知らせてくれます。
 インスタントコーヒー、お茶、ベビー用のミルク、好みの飲み物にあった設定温度が選択できます。
 最近の電気ポットは、とても便利でかゆいところに手が届くという言葉がぴったり!
 でも、いったん動かなくなってしまうとどうしようもありません。
 とりあえず、義母は昔使っていた魔法瓶にお湯を入れてしのいだといいます。
 かつては毎日そうしていたとはいえ、私としては沸騰したお湯を移し替えることに若干の心配が過ります。


 さっきの続きでもう一杯お茶を飲もうとしただけなのに、何の反応もしなくなったって…。
 たかがポット。買い換えるのにエネルギーが必要なほど高価なものでもなく、そのことで誰かが傷ついたわけでもないことは、義母自身が一番わかっているはずです。
 なのに?どうして?…義母が、意気消沈しているのは…。


 電話で話を聞いていると、義母が元気をなくしている原因はポットが壊れたことから派生した諸々のこととも関連していることがわかってきました。

 壊れて使えなくなったポットは捨てるしかありません。それに新しいポットも必要です。長年、何でもテキパキとこなしてきた義母の性格からすぐに捨てようとしたそうです。
 ところが、ごみの分別は複雑です。
 ポットは複雑ごみの扱いで、市役所で手続きをとって所定の収集料金を支払い、さらに決められた日に決められた場所へ手続きが済んだという証明書を添付して出さなければなりません。
 一日では済まないということにまず気が重くなったそうです。更に、決められた日をうっかり忘れてしまったら、雨になったら…。気持ちがどんどん悪い方に転がっていきます。

 家電量販店へ行って新しいものを買えば古いものを引き取ってくれる、と聞いた義母は、買い物のついでに寄ってみたそうです。
 ところが…、古いポットを持参しなければならないこと、市役所と同額の手数料が必要なことを知らされました。
 ポットといっても持って運ぶとなると、それだけで年配者には負担です。
 義母にしてみれば、新しいポットを配達してもらって、その時に古いポットを引き取ってもらおうという心づもりがあったようなのですが…^^;

 そんな経緯があって、だんだん気持ちが沈んでいったとのことです。
@_@


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2011-02-18 06:44 | 家族 | Comments(5)

ニーチェ

 一年程前から、書店の平積みに、ちょっと広辞苑に似た趣の黒い表紙で分厚いハードカバーを見かけるようになりました。
 超訳『ニーチェの言葉』。
 「へえー、どうして今、ニーチェなのだろう…」
 手にとってパラパラと開いてみると何だか昔にかえったような気分になりました。

 ニーチェが好きです。

 振り返ってみれば、10代の私は閉塞感に圧倒されそうでした。小さなことでもわざわざ自ら悩みの種にしていたような気がします。きっと思春期の特徴のひとつに過ぎなかったのでしょうが…。

 そんな時に知ったいくつかのニーチェの言葉で、目からうろこが落ちたような、希望の光が見えたような、自分を認めてもらえたような高揚感に包まれたことを思い出しました。
 自己肯定に繋がったニーチェの本はどこへ行ってしまったのでしょう。もう所在もわかりません。
 いえ、そもそも私はニーチェの本を持っていたのでしょうか。実際には学校の図書館で借りた本だったのかもしれません。単に学年誌の中に書かれていた言葉を拾い読みしただけだったのかもしれません。

 そもそもニーチェがドイツの哲学者だということ以外何も知りませんし、心に響いた断章のそのまた断片くらいしか記憶に残っていません。


 超訳『ニーチェの言葉』を書店で見かけるようになって一年。
 もう私には必要ではないな、と思って通り過ぎていました。
 だけど、最近になってふと娘たちの目に触れるところに置いておこうかな、と思い直しました。

d0087062_2343438.jpg



 例えば、こんなことが書いてあります。

042 安易な人生を送りたいなら
 この人生を簡単に、そして安楽に過ごしていきたいというのか。
 だったら、常に群れてやまない人々の中に混じるがいい。
 そして、いつも群衆と一緒につるんで、ついには自分というものを忘れ去って生きていくがいい。
『力への意思』

(「超訳 ニーチェの言葉」 フリードリヒ・ニーチェ 白取春彦訳 Discover)

 思わず、ふふふと笑ってしまうような言葉がいっぱい詰まっています。
 ニーチェのことは何も知らないけれど、それでも何だかこの人が好きです。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2011-02-09 23:11 | わたし | Comments(4)

春よ来い!

 朝の空気が柔らかくなりました。
 もうすぐ春ですね。

d0087062_9244964.jpg

[PR]
by h_with_the_wind | 2011-02-06 09:25 | 季節の中で | Comments(2)

探しています!

 書店の小説スペースはどんどん縮小されているように思われます。
 一方で毎月たくさんの新刊が発表されています。つまり店頭から押し出されて姿を消す小説が新刊の数だけあるということになります。

 かつて私が学生だった頃、書店の小説コーナーを順番に見ていくことが楽しみでした。ハードカバーだけでなく文庫本も必ず見ていきました。…暇だったのね^^;
 出版社で分けてさらに著者名で並んでいる書店、出版社には関係なく著者名で並んでいる書店、いろいろありました。

 あいうえお順で、阿川弘之、芥川龍之介、阿刀田高…五木寛之、井上ひさし、井上靖……。
 五木寛之さんなら、『青春の門』『ソフィアの秋』『さらばモスクワ愚連隊』『朱鷺の墓』私のライフログに揚げている『風に吹かれて』『ゴキブリの歌』『戒厳令の夜』『四季・奈津子』『青年は荒野をめざす』『デラシネの旗』『ゴキブリの歌』…。
 思いつくままの列記。
 自分でもびっくりしました。まだまだ浮かんできます。

 子育てに忙殺されていた頃、同世代のご近所さんのお宅でリビングに並ぶ五木寛之全集を見て以来、それまで少し遠い存在だった彼女に親近感を強く感じるようになりました。


 井上靖さんなら、『敦煌』『楼蘭』『おろしや國酔夢譚』『額田の女王』…。このあたりは母が買ったので箱入りのハードカバーで揃っています。

d0087062_21185715.jpg


 『しろばんば』『夏草冬涛』『北国』…。文庫は残念ながら16年前の大きな地震の後、処分してしまいました。


 学生時代は、旅先でも必ず本屋に立ち寄りました。
 「本屋なんてどこでも同じだろう…」と、言われるかもしれません。
 いえいえ、そんなことはありません。
 スペースは大きくはないけれど、店主のポリシーが感じられる書店も存在しました。まだまだ個人商店が生き生きとしていた時代です。そこでは思いがけない本と出会えるチャンスがありました。時には、知らずに政治的傾向の強い書店に入りこんでしまったこともあります。
 
 ……山崎豊子さん『暖簾』『女系家族』『白い巨塔』『華麗なる一族』…。

 今でもタイトルと作者がしっかり頭に残っているということは、それだけ飽かずに書店に通っていた証でしょうね。やっぱり暇だったんだ…^^;

 子供ができて自分以外のことにも気を配る生活に変化していくうちに、いつしか平積みの新刊だけをチェックするようになり、思うように書店に行けなくなったら新聞や週刊誌の広告で済ませるようになっていきました。

 久しぶりに書店の文庫本コーナーで探し物をしてみると、もう書店に並ばなくなった本がたくさんあることに気付きます。
 探していた本を見つけることもできませんでした。


 井上靖さんの詩集『北国』。
 実家のあの本棚に並んでいた薄い本。
 いつでもどこでも欲しくなったらまた買える、きっとそう思って処分してしまったのでしょう。
 もう一度読みたい。
 ネットで書店の在庫をチェックすることもできます。
 絶版になっていたとしても、おそらくネットで探せば中古で手に入ることでしょう。

 でも、その前に手にとってぱらぱらとこの手で感触を確かめてみたいのです。書店をはしごしてようやく見つけ出した一冊との出会いを期待しているのです。
 それが時間と労力の浪費と言われればそれまでだけど、贅沢とはそういった手間をかけての出会いのことなのだと強がっています。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

[PR]
by h_with_the_wind | 2011-02-03 21:25 | 本の話 | Comments(2)