今日はどんな風が吹くのだろう。 日々の思いを書き留める雑文帳。

by 風懐

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青春

 縁あって琵琶湖で行われた鳥人間コンテストを見に行ってきました。

 ぐんぐん空へと羽ばたいていくのも青春。
 何がいけなかったのか、瞬時に落下してしまうのも青春。
 そして…
 それを支えているのも、また青春。

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^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

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by h_with_the_wind | 2012-07-30 09:49 | 課外活動 | Comments(2)
梅雨が明けて、夏空が広がっています。
家族一同元気にしています!


PC の機嫌が悪く更新がままなりません。
しばらくお休みさせていただきますね。


業務連絡(^-^)/
メールには支障ありません。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

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by h_with_the_wind | 2012-07-18 17:07 | わたし | Comments(2)

女三人のシベリア鉄道

 与謝野晶子、中條百合子、林芙美子は近代文学史上、大きな仕事をした女性で、それぞれにわたしは親愛と敬意をもって読んできた。その三人が時こそ違え、同じくシベリア経由で陸路ヨーロッパに行ったことに気づいた時、これをテーマに思い残しの鉄道に乗ろうという考えが浮かんだ。
(女三人のシベリア鉄道 森まゆみ著 集英社文庫)

 あとがきで森まゆみさんは、シベリア鉄道に乗った動機をそう書かれています。三人の女流文学者の足跡を追う旅の切り口の面白さに惹かれて、「女三人のシベリア鉄道」を読み始めました。


 日露戦争の最中、1904年にシベリア鉄道は、モスクワからウラジオストクまで全線開通しました。

 森まゆみさんの選んだ三人の日本人女性のうち最初にシベリア鉄道を利用したのは、与謝野晶子でした。1912年5月、敦賀から船で日本海を渡り、ウラジオストクからモスクワ経由でパリに到着しています。
 凍てついた大地に遅い春の息吹が顔を出し始めた頃でしょうか。帝政ロシアの末期、革命前夜のロシアの動きを晶子は肌で感じることができたのでしょうか。
 晶子は、パリで明治天皇の崩御を知り号泣したと記されています。ヨーロッパ滞在中に元号は『明治』から『大正』に改元されました。

 1917年、ロシア革命によってロマノフ王朝は倒れ、世界で初めての社会主義国家が成立します。

 ロシア革命から10年後の1927年(昭和2年)12月、プロレタリア文学の作家中條百合子は下関から釜山まで船に乗り、朝鮮半島を北上する列車でハルビンを経由してソ連への外遊を果たします。
 個人主義的な文学を否定し、社会主義や共産主義と結びついたプロレタリア文学を目指した百合子にとって理想郷・ソ連への旅は心躍るものだったことでしょう。

 中條百合子に遅れること4年、1931年(昭和6年)11月、満州事変から間もなく、林芙美子もまた百合子と同じルートでパリにいる恋人を追うためシベリア鉄道に乗っています。
 その数年後には、大連からハルビンまで後に小学校の教科書に載る『あじあ号』が走り始めます。林芙美子の渡欧がもう少し後のことであれば、『あじあ号』にも乗車していたのかもしれません。


 与謝野晶子がシベリア鉄道に乗ってから100年近い時を経て、森まゆみさんは、新潟から空路ウラジオストクへと彼女たちの足跡を追う旅に出ます。
 2006年8月、元号は長く激動の昭和から平成へと改元されてすでに18年の月日が流れていました。その間にシベリアを所有する巨大なひとつの国が『崩壊』というショッキングな表現をもって消え去りました。
 シベリアからパリへと旅する著者は、道中、政治の変節期を過ごした人の生の声を積極的に拾っていかれます。それは私の想像どおりであったり、思いもかけないことであったり様々で興味惹かれます。

 森まゆみさんの書かれたものを読むのは初めてでしたが、膨大な資料を丁寧に読み込んでいらっしゃることが伝わりました。著者の目を通して、与謝野晶子、中條百合子、林芙美子の三人の文学者の足跡を辿るのは、私にとってもまた面白い体験でした。


 100年の間にシベリア鉄道の属する国は2度の政治転換を計り、日本の天皇は4人を数えました。それでも地球儀の北半球に広がる大地を西へ東へ毎日黙々と列車が走り続けてきたのかと想像して、最後にはニヤリと笑ってしまいました。
^O^/


遊びに来てくださって、ありがとう

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by h_with_the_wind | 2012-07-03 19:12 | 本の話 | Comments(4)