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引退

 最後の「国鉄色の特急」が今日、引退です。

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 子供の頃から当たり前にあったものが次々と姿を消していきます。
 時にはマスコミで大きく取り上げられて惜しまれながら、時には気づかないうちにひっそりと。

   降る雪や 明治は 遠くなりにけり

 昭和6年(1931年)、大学生だった中村草田男の俳句です。
 新しい時代だった昭和もすっかり遠くなってしまいました。
^O^/

遊びに来てくださって、ありがとう

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by H_with_the_wind | 2015-10-30 09:26 | 社会科 | Comments(0)

季節はめぐる

 のほほんと過ごしているうちにどんどん季節はめぐっていきます。

 京野菜カレーも秋のお野菜に代わっていました。

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 夏のお野菜はコチラです→


 11月になると年末に向けてのあれこれが待っています。背中を押される気分になるのでしょうね。
^O^/

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by H_with_the_wind | 2015-10-28 21:31 | 季節の中で | Comments(0)

廃仏毀釈 

 鹿の角きりを見に行った折、春日大社が1871年(明治4年)春日神社に改称した後、1946年(昭和21年)12月に現在の春日大社に改称したと知りました。
 二度の改称が、日本が大きく変わった「明治維新」と「敗戦直後」に一致することに気づいて、昨年の初夏に唐招提寺で聞いた単語「廃仏毀釈」をもう一度思い出すことになりました。


 明治政府は「王政復古」「祭政一致」を実現するために神道を国家統合の基幹にしようと「神仏判然令」を発しました。
 寺院の領地を国が接収し、伽藍や食堂が破壊され、僧侶の中には神官になる者や寺院の土地や宝物を売って逃げる者も現れたそうですから、いかに混乱したかが想像できます。

 興福寺も例外ではなく、五重塔は格安で売りに出されました(値段には諸説あるようです)。当然、神仏習合によって興福寺と一体化していた春日大社も名称の変更だけでなく大きな影響を受けました。

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金属類は再利用、木造部分は薪にされようとしていた五重塔



 また春日大社と道路を挟んでお向かいにある東大寺では、手(た)向山(むけやま)八幡宮が「神仏判然令」に従って東大寺から独立しました。

 宇多上皇にお供した菅原道真が手向山の紅葉を詠んだ有名な歌があります。
   このたびは 幣もとりあへず 手向山
         もみぢのにしき 神のまにまに

               菅家  古今集 巻9

 この由緒ある手向山八幡宮は、東大寺と大仏を建立する際に、宇佐八幡宮から東大寺の守護神として勧請されたといいます。
 外来宗教である仏教を受け入れるために、守護神を勧請したということを、おおらかさと受け止めていいのか、可笑しみを感じていいのか、戸惑ってしまいます。
 ただその土壌に日本古来の八百万の神という思想があり、今も無意識のうちに私たちの根底に受け継がれていることを感じます。


 いつか実物を見たいと願っていたバーミヤンの大仏像。
 ある日突然、我が家の小さなテレビ画面に爆破されていくシーンが映し出されて言葉を失いました。忘れられない強烈な場面ですが、明治時代には同じような光景が日本中で見られたのですね。
 廃仏毀釈から神仏判然令、神仏習合と日本史を遡りながらキーワードが数珠繋ぎになって出てくるちょっと面白い旅をした気分です。
(参考 Wikipedia「神仏分離」「廃仏毀釈」「興福寺」「春日大社」「神仏習合」)


^O^/

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by H_with_the_wind | 2015-10-23 13:29 | 社会科 | Comments(0)

唐招提寺

 蛇消えて 唐招提寺裏 秋暗し
              秋元 不死男


 理由はわからないけれど、心に残っている字句や言葉があります。
 高校の国語の教科書に載っていた「蛇消えて 唐招提寺裏 秋暗し」という俳句がそのひとつです。

 秋元不死男は、この句について、
唐招提寺の裏は松の下闇になっていてほの暗く、また蛇が多いので有名である。寺を出て寺の裏道を通ったとき、そこの石橋の上を蛇が横切って消えたのをみた。(中略)わたしはこれをみて勃然と唐招提寺に執着した。「蛇」も「秋暗し」も、「唐招提寺裏」だったので感動したのであった。千古の美しさを保って、ひっそりとしずまりかえっている伽藍や仏像をみたわたしの目に、突として一匹の蛇があらわれ、かき消すように消えた。一瞬わたしはひえびえとした、ほの暗い秋の古寺が蛇によって発見されたという感動であった。
 と、書いています。(俳句入門 角川学芸出版1971年)

 季節は異なるけれど、行ってみようと思い立ったのは、去年の初夏のことでした。


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 唐招提寺の伽藍は静謐で、掃き清められた敷地の中にいくつもの美しい建物があります。南大門を入った時から、私の時間がゆったりとした流れに変わりました。

 ゆっくりと伽藍と仏像を拝見して、再び南大門に向かっていたとき、
「いかがでしたか」と、(おそらく唐招提寺縁の方でしょう)声を掛けられました。
 美しい伽藍と仏像の数々を拝見したことにお礼をいいつつ、伽藍があまりにも広くて驚いたこともお話しました。

 「唐招提寺はもっと広大だったのですが、明治時代の廃仏毀釈で随分土地を失いました」と、その方はおっしゃいました。

 私の記憶の開かずの引き出しに仕舞われていた「廃仏毀釈」という単語が、その時からこれまでの私になかった視点を与えてくれました。
^O^/

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by H_with_the_wind | 2015-10-18 21:08 | 社会科 | Comments(0)

鹿

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 私が写真を撮る間、じっと座り込んでいた一頭の鹿。
 帰宅して写真を見たら、その目に私が写っていました。
 見られていたのね(笑)。
^O^/

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by H_with_the_wind | 2015-10-17 21:27 | 課外活動 | Comments(0)

望郷

 春日大社を出ようとして阿倍仲麻呂の歌碑を見つけました。

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 遣唐留学生阿倍仲麻呂公
        喜びも やがて悲しき望郷の歌

天の原 ふりさけ見れば
         春日なる 御蓋の山に
                 いでし月かも

                     古今和歌集 巻第九


 隣にこのうたの背景について解説がありました。

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 (奈良大学教授で天平グレート・ジャーニーの著者でもある上野誠先生の説が底本とのことです。天平グレート・ジャーニーについては、3年ほど前に記事にしています。コチラ→)


 1300年前、遣唐使として出発する際、ここ春日大社で旅の無事を祈ったそうです。
 百人一首では「三笠山」と書かれることが多いかと思いますが、歌碑では「御蓋山」と書かれています。まさに昨日の記事で触れた御蓋山浮雲峰遥拝所で旅の安全を祈願されたのでしょう。

 阿倍仲麻呂の望んだ帰朝は叶いませんでしたが、その歌は海も時代も楽々と越えています。
 阿倍仲麻呂以降、異国にあって帰朝を望んだ幾多の人々がこの歌を口にしたことでしょう。
^O^/

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by H_with_the_wind | 2015-10-16 19:26 | 課外活動 | Comments(2)

春日大社

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 全国に約1000社ある春日神社の総本社春日大社は、中臣氏(のちの藤原氏)の氏神を祀るために768年に創設されました。神紋の「下がり藤」が藤原氏を表しています。
 1871年(明治4年)に春日神社に改称し、官幣大社となりましたが、1946年(昭和21年)12月に現在の春日大社に改称しました。

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 武甕槌(タケミカヅチ)命は、雷神であり剣の神とも言われ、戦国時代の武将も好んで参拝しています。信者から奉納された春日大社の万燈籠の中には、直江兼続、宇喜多秀家、徳川綱吉、藤堂高虎の名前があります。

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 春日大社の東回廊北奥にある鳥居の向こうにはすぐに大木に覆われた山が始まっています。
 鳥居の手前に遥拝所があり、「御蓋山浮雲峰遥拝所」について書かれた案内板がありました。
 浮雲峰は、奈良時代の初め平城京守護のため武甕槌命様が白鹿の背にお乗りになり天降られた神跡、御蓋山の頂上です。以来、鹿は神使とされてきました。
 この遥拝所は、浮雲峰から春日大社の本殿を通り平城京大極殿まで続く神々様のお力が伝わる尾根線上にあるといいます。
 写真にもほのかな妖気が漂っているような気がします。
^O^/

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春日大社で見かけた鹿
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by H_with_the_wind | 2015-10-15 21:31 | 課外活動 | Comments(0)

せやね

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 NARA is JAPAN …… せやね。
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by H_with_the_wind | 2015-10-14 18:50 | 課外活動 | Comments(0)

鹿の角きり

 奈良、春日大社では、毎年この時期に鹿の角きりが行われます。
 発情期をむかえた雄鹿の角で町民が危害を受けたり、鹿がお互いに突き合って死傷することを防ぐために、江戸時代初期に当時の鹿の管理者だった興福寺が始めたと伝えられています。

 毎年、テレビのニュースで角きりの様子を見ます。一度見てみたいという願いが叶いました。
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 奈良で出会う鹿は、いつも悠然と歩き、人も車も恐れることを知りません。
 そんな鹿が勢子に追われて走り、全力で抵抗する姿は、野生動物そのものでした。

 鹿は神様のお使いとされていたことから、切られた角は神前に供えられるそうです。
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by H_with_the_wind | 2015-10-13 10:50 | 季節の中で | Comments(0)

だあれだ?

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  柵の上に齧りかけの柿が、ちょこんと乗っている姿が可笑しくて…(笑)。
^O^/

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by H_with_the_wind | 2015-10-09 19:00 | 季節の中で | Comments(0)